介護マガジン

はじめての介護

もしも家族が認知症になったら

筆者 川上氏のコメント

私たちの脳は日常のあらゆる活動をコントロールしている大切な司令塔です。
脳細胞の働きが悪くなったために、様々な障害や生活上の支障をきたす状態が認知症です。現在約205万人の認知症高齢者は2030年には約353万人に増えると予想されています。日頃伺っている相談でも認知症に関する悩みは年々増え続けています。
ところが、誰にとっても身近な問題にも関わらず、正しい情報や知識が行き渡っていないのが現状です。認知症を病気のひとつと受け止めて、認知症高齢者と付き合うためにはどうすれば良いでしょうか。自分や家族がそうならないために予防する手段は?身近な家族など私たちができることは何でしょうか?まずは誤解や偏見のない自分であること。正しい知識を持ち理解することが大切です。これらは身近で起こった出来事を超えるために強力な味方になります。
今月からはみなさんの暮らしの中でとても大切な、認知症に関する情報、知識をお伝えします。

  • 夏子さん(仮名)イメージ


ある日 50代の女性がコンサルティングにみえました。
ご主人は企業にお勤め、上品で聡明な印象の女性です。
52歳女性 夏子さん(仮名) 夫、娘との3人暮らし。
母・花子さん(仮名) 75歳、1人暮らし



母はもともときれい好きのしっかり者でした。父が3年前に亡くなってから1人暮らしとなりましたが、気丈な母でしたので安心して車で1時間の距離から見守っていました。ところが最近の物忘れがひどくなり、ちょっと前に人が訪ねてきたことを忘れていたり、賞味期限切れの食品や同じ食品がたくさんあります。自宅の電話番号を尋ねられても、答えられない場面に遭遇し驚いてしまいました。弟もショックを受けていますがこの状況を認めようとしていません。母の状態は年齢相応のもので心配ないのでしょうか。それとも認知症なのでしょうか。

 

■認知症は単なる物忘れではありません

夏子さんのご相談のように、親の変化に戸惑う体験は多くの方が遭遇する状況です。

まず、認知症の正しい定義をご紹介しましょう。
「認知症とは脳血管疾患、アルツハイマー病その他の疾患を原因として、脳の器質的な変化により、記憶、判断力などの障害がおこり、日常生活に支障が生じる程度にまで及ぶ状態」です。脳の器質的な変化とは細胞や組織が元の形態に戻らないような変化をいいます。このように認知症とは記憶障害を起こす病気です。

同じようにみえる“老化による物忘れ(良性健忘)”と“認知症の物忘れ”は違い、対応も異なります。認知症の場合には暮らしていくこと自体が困難になるほどのひどい物忘れがおこります。みなさんは昨日食べた夕食の内容を覚えていますか?もしかするとなかなか出てこない方もいらっしゃるかと思いますが、ご安心ください。これは記憶が一部不完全になっている状態です。人は誰でも加齢とともに脳の記憶力は低下します。ところが、認知症の場合は体験そのものが記憶からすっぽり抜け落ちてしまいます。例えば今朝自分が朝食を食べたかどうかという体験自体を忘れてしまいます。食事をしたことを忘れてしまうと何度も食事を催促し、健康的な食生活や人間関係にも影響を及ぼしてゆきます。また物忘れだけではなく、不安感が強く人柄が変わる、意欲がない、時間や場所がわからない、判断理解力が衰えるなどの症状も初期から見られる症状です。


表1 老化による物忘れと認知症の物忘れの違い
※画像をクリックするとPDFファイルが表示されます。プリントアウトしてご利用ください。

老化による物忘れと認知症の物忘れの違い
表1:筆者作成セミナー資料「もしも家族が認知症になったら」より抜粋

 

■認知症は早期診断が大切です

お母様の花子さんが、いつ頃から物忘れの症状があるのか伺ったところ、残念ながら症状が出始めてすでに2年以上が経過していました。数ヵ月前より消火器詐欺に遭い、何度も不要なお金を支払っていたことも判明しました。このように症状が出始めて「なんだかおかしい」と思ってから受診するまで2年以上かかっているケースが7割以上というデーターも報告されています。
夏子さんには早急に認知症の専門医のいる医療機関に受診をすすめました。神経内科、精神科、物忘れ外来などが受診先の候補となります。ご紹介させていただいた神経内科のクリニックを受診。アルツハイマーと診断されました。同時に介護保険制度の活用をご案内させていただき、要介護認定の申請を行い、訪問調査を経て要介護1と診断されました。お母様の今後の暮らしのプランをしっかりと立てる準備が整いました。現在の症状や将来を考えると、一人暮らしのお母様の暮らしには危険が生じます。何よりもお母様自身が何かおかしいと不安を感じながらもそんなはずはないと1人で抱え込んでいた時期が長く続いていたのです。お母様も夏子さんも安心できる介護サポート体制を少しずつ揃えていく意識が整い始めました。

【受診の際の注意!
認知症は医師であれば誰でも正確に診断できるわけではありませんのでご注意ください。H18年度から各自治体で、適切な認知症診断の知識や技術、家族からの悩みや話を聴く姿勢を習得するための医師への研修が行われています。「認知症研修を修了したかかりつけ医」の一覧を公表している自治体も増え始めていますので、お住まいの地域の市区町村窓口にお尋ねください。

参考:千葉県、研修終了者(医師)の公表
http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/c_koufuku/doctor.html
東京都は公表されていません。(東京都福祉保健局確認)

 

■認知症の原因は?

認知症の原因になる病気は約70種類ほどあります。日本では脳血管疾病が1990年頃までは認知症の原因となる疾病の第1位でしたが、1992年以降はアルツハイマー病による認知症が最も多く、全体の50%を占めています。その他にもレビー小体病やアルコール依存症など様々な病気が原因となっています。アルツハイマー病は原因不明です。脳のアミロイド蛋白(老人斑)の減少が原因ではないかと様々な研究、開発が進められています。
このように、認知症がどのようなメカニズムから起こるかについて、完全には解明されていませんが、脳の病変だけではなく、家族との死別や転居、入院など心身の状況や周りの環境の変化も認知症の症状を促進させる要因とも言われています。花子さんはご主人が亡くなり1人暮らしが始まってから毎日の暮らしが大きく変わりました。この時期は注意や工夫が必要です。2次的な要因となっている脳の病変以外の要因も覚えておきましょう(表2)。

 

表2 認知症はどうしておこるの
※画像をクリックするとPDFファイルが表示されます。プリントアウトしてご利用ください。

認知症はどうしておこるの
表2:筆者作成セミナー資料「もしも家族が認知症になったら」より抜粋
「認知症の人と家族の会」本部副代表理事:川崎幸クリニック院長:杉山孝博氏監修

 

このように、日常の暮らし方や心の習慣が脳に大きな影響を及ぼしているのです。このコンサルティングの続き、そして予防については、今後順次お伝えいたします。

 

  • すすき

素朴な琴 八木重吉

この明るさのなかへ
ひとつの琴をおけば
秋の美しさに耐えかねて
琴はしずかに鳴りいだすだろう


季節が巡る中、相変わらず私は2週間おきに郷里へ向かうこだま号に乗り、行ったり来たりと足を運んでいます。父が転倒してから1年半が経ちました。はじめての介護、両親の生活は以前と大きく変わりました。40年以上続けてきた地域に開かれた医院を閉院し、小学校や大学の校医さん、産業医、小児健診、数々の医師としての仕事はできなくなり、それに伴い交流も減りました。40年来の趣味であったゴルフも今はできません。地域の人が訪れ患者さんたちの声で賑わっていた待合室もしーんとしています。

切ないこと、悲しいこと、嬉しいこと、容赦なく様々な“はじめて”を体験してきました。失う物が多く、目に見える形としては得るものはない時間です。これらは全てマイナスなのでしょうか?介護が始まった直後は様々な混乱がありました。父と母がそれぞれに自分の状態に戸惑いながらもひとつひとつ工夫しながら受容してきた様子は、私がどんな知識や情報をもっても学べないものがあります。文字にすると簡単な“明るいこころ”“とらわれないこころ”。これらの言葉の真の意味と大切さを私は感じています。

介護生活のキーパーソンは母。父を毎日サポートしている母の太陽のような明るさが、いつも我が家には温かく存在しています。それどころか、1人東京で頑張っている私のこころさえも時に照らしてくれます。介護開始当初、気負っていた母も上手に気持ちを吐き出せるようになりましたが、決して後ろ向きな愚痴は言葉にしません。その明るさの根っこには家族を守ってきた誇りと強さがしっかりとあるのです。彼女の中心は笑顔です。父の介護が始まった時、遠距離に暮らす娘である私の第一の役割は父の介護ではなく、母のサポートつまり“ケアする人をケアする”ということを瞬時に意識しました。足を運んだ時には母の話を聴く、今でもその関わりを継続できるよう心がけています。できないこと、できたこと、驚いたり、悲しんだり、喜んで感謝したり、歳を重ねることは悪でも良でもどちらでもありません。
3人で過ごす食卓にはいつも笑いがあり、むしろ以前にはなかった穏やかで静かな幸せを感じるから不思議です。2人の周りには本当に心優しい人たちが訪れてくれています。季節で言うならばやっぱり秋でしょうか。哀愁のある人生の美しい季節と感じています。
いつものように仏様に手をあわせていると筆文字で書かれた言葉がこころに響きました。

般若心経のこころ

かたよらないこころ
こだわらないこころ
とらわれないこころ
ひろく ひろく もっとひろく
これが 般若心経 空の心なり

母が庭で育てた小さな白い花をちょきんと切って一輪、東京に連れてきました。故郷で育った白い花一輪、私のお部屋でお香を焚きながら一緒にお月見をしましょう。少々のお酒とともにお月さまの美しさ、母の明るいこころに、父のとらわれないこころに、ほろりと涙が流れます。2人の生きる姿に素直に頭が下がります。おばあちゃんおじいちゃん天国から見ていますか?目に見えない宝物ですね。今月は母のことをはじめて綴りました。お読みいただいた皆さん、ありがとうございました。

過ごしやすい季節、秋は虫の音が聴こえ、くだものがうっとり実り良いですね。今年の仲秋の名月は10月3日です。縄文時代からあったと言われるお月見。私も古代の人々と同じようにまんまるのお月さまを眺めている静かな時間が好きです。
今年の夏は少し変わった陽気でした。インフルエンザの流行も心配され体調管理も難しい時期ですが、皆様の暮らしにほんのりと明るいこころがありますように願っています。