介護マガジン

はじめての介護

もしも家族が認知症になったら その4

筆者 川上氏のコメント

■認知症のケアの心得

これまで3回にわたり、認知症のケアについてお伝えさせていただきました。今、認知症の患者さんは毎年約460万人が新たに発症していると言われています。これは全世界で7秒に1人が新たに認知症を発症しているということです。

今月は認知症高齢者の介護のために知っておきたい大切なこと、認知症の症状の進行してしまったケースをご紹介しながらケアの心得、介護する人がたどる心理ステップについてお伝えさせていただきます。認知症の高齢者を介護された方から「もしも認知症の経過やケアの心得を知っていたら、あんな修羅場にはならないで済んだのかもしれない。」という言葉を耳にすることがあります。
介護される方、支える方、どちらにとっても大切なことをお伝えいたします。

認知症の症状の進行しているケース

  • Sさんイメージ

Sさん79歳はご家族と同居していました。奥さんは数年前に他界してしまいました。3年ほど前より物忘れが始まりいつも「財布がない」と同じ事を繰り返し長男に叱られ始めました。怒鳴り声が自宅の外まで聞えてくるのです。「何度言っても何故わからないんだよ。俺も忙しいんだ。忘れっぽいことを自覚してくれよ。」と興奮して怒っています。最近では排泄の失敗があるからと1日中自宅の中に入れてもらえず玄関先に腰かけています。腕や足にはあざがありました。どうしたの?と尋ねてもSさんは暗い顔で下をむいたまま口を閉ざしています。もちろん、どんなに叱っても物忘れや失敗は治るどころか症状は進行するだけでした。

Sさんは息子に言われたことはすぐに忘れてしまいましたが“困っている時に叱る怖い人”と、不快な感情だけが残ってしまいました。この繰り返しで6ヵ月が経過しました。

ある日Sさんは自宅を脱走し、2キロ離れた隣町で転倒し骨折。幸い発見され保護されてホームに入所することになりました。息子が対面にきても「怖い人がきた」という気持ちとなり興奮して攻撃的になっていました。家族はSさんの態度に驚きました。ところが、ホームに入所し専門家にケアを受けることにより、Sさんはありのままの自分を受け入れてくれる人たちに出会いました。2ヵ月後、Sさんの表情には笑顔が戻ったのです。

Sさんの「財布がない」は認知症の周辺症状のひとつ“物盗られ妄想”です。自分が置き忘れたことを忘れ、誰かが持っていったと思い込んでしまい悪意があるわけではありません。家族は同じ事を何度も言われ、イライラしてしまいがちですが、厳しく叱ったり、間違いを指摘してもSさんには理解できず、かえって症状を悪化させてしまいました。それどころか恐怖や不快という感情は強く残り怖い人が来たので攻撃するという行動にでてしまいました。これは家族が陥りやすいパターンです。

このように、家族や大切な人の物忘れがひどくなってくると、多くの家族は困惑ししっかりしてほしいという気持ちから叱ったり責めたりしてしまいがちです。最も心を許している人にこの症状が出やすいこともあり、人間関係のトラブルになってしまうこともあります。ケアで大切なことは本人の自尊心を傷つけないことです。正しいことを伝えても理解できないため不安や混乱を招きます。その不安や恐怖は症状を進行させてしまします。

●失敗する行為に対しては

例えば“衣服を選んで着ること”、“湯のみでお茶を飲むこと”、“トイレまで歩き排泄すること”、“歯ブラシを持って歯磨きすること”。このように日常習慣としていた行動ができなくなってしまう場合があります。その時は行動することのヒントを与えたり、同じ動作を見せてあげましょう。たとえば食事の前に“トイレに行っておきましょうか”とさりげなく誘導したり目の前でお茶を飲む動作をしてみたりという具合です。

●妄想には

お財布を探し始め「お財布がない、盗られた」といつもの様子がみられたら、また始まったと思いながらもいったん受け入れて聴きましょう。「財布がないの?じゃあ一緒に探してみよう」としばらく一緒に探していると、探し物を忘れて不穏な状態が落ち着くことがあります。“一緒に探してくれた自分を助けてくれる優しい人”という感情が心に残ります。この繰り返しによりSさんの物忘れは少しずつ進んでいるが、穏やかな表情で家族に囲まれ過ごすことができます。

●愛情を持って接しましょう
●気持ちをいったん受け入れましょう

最も大切なことは愛情をもって接することです。認知症の方の感情は強く残っていますので声の調子、動き、表情など言葉以外のものに大きく影響されます。頭で理解判断できなくても、目の前にいる人が自分を愛してありのままを受け入れてくれる人なのか、攻撃する人なのかは敏感に感じとります。


皆さんは人にどのように接してもらうと心が落ち着きますか?やさしくわかりやすい言葉を選んでゆっくり伝える。一方的に話をするのではなく相手に伝わっているのかどうかを確認する。やわらかな笑顔で接する。腕や背中などにやさしく触れながらアイコンタクトで伝える。これは、認知症の高齢者に限らず、日常のコミュニケーションの基本として大切なことです。心をつかって話をしましょう。

何度も同じ事を繰り返すと「さっき言ったでしょう」と否定してしまいがちですが、病気による症状です。繰り返して伝えましょう。メモに書いてあげてもよいですね。「明日はK先生の神経内科の受診だから朝9時にでかける日よ」と穏やかに伝えることで安心感を持つことができます。認知症高齢者は今を感じることがすべてです。

実際の介護では難しい場面の連続で、頭では理解しても行動できないことも多くあるでしょう。ご家族も辛い気持ちを抱えます。だからこそ、問題に目を向けるのではなく、問題を抱えているその人を中心にみることを考えてみてください。

 

■毎日の接し方のポイント
  • 認知症高齢者への接し方
    <筆者作成オリジナルセミナーより>

・ゆったり楽しく本人のスピードで
・本人の視野に入って話しましょう
・わかる言葉で簡単に話しかけましょう
・五感に働きかけましょう
・昔話に耳を傾けましょう

 

  • 介護生活これで安心

★症状別のワンポイントアドバイスや毎日の接し方のポイントなどは
「介護生活これで安心」小学館発行 著:川上由里子の<第4章“家族が認知症になった時>に詳細に書いていますので、ご参考になさってください。

■必ず通る家族の心理

最後に家族のたどる4つの心理的ステップをお伝えします。

認知症の高齢者を抱えた家族はどの家族も大変辛く不安な思いをしています。ところが最後まで混乱が続く人はまずいません。必ず通る4つのステップを知っていると、今の辛さもいつか変化していくと思え気持ちが楽になるかもしれません。

ステップ 家族の心理
第1ステップ
戸惑い
認知症の人の異常な行動に戸惑い否定しようとする。
悩みを他の肉親にすら打ち明けられないで1人悩む時期。
第2ステップ
混乱 怒り 拒絶
認知症の理解が不十分なため、どう対処してよいかがわからず混乱し、ささいなことに腹を立てたり叱ったりする。
精神的、身体的に疲労こんぱいして認知症の人を拒絶しようとする。1番辛い時期。
第3ステップ
割り切り あきらめ
怒ったりイライラしたりするのは自分に損になると思い始め、割り切るようになる。諦めの境地に至る。
第4ステップ
受容
認知症に対する理解が深まって、認知症の人の心理を自分自身に投影できるようになり、あるがままのその人を家族の一員として受け入れることができるようになる。
<杉山孝博先生「認知症の理解と援助」より引用>

 

この心理的なステップの過程は認知症のケアに限らず、障害や死の受容も同様と言われています。死の受容に関してはキュブラーロスが著書「死の瞬間」でも否認、怒り、取引き、うつと孤立、受容までの5段階の心理過程について述べられています。

「まさかあんなにしっかりしていた親が認知症なんて」。変化を受け入れていくということは難しいことですね。本人の混乱と同じように介護する人も、家族も混乱したり悩んだりを繰り返します。でもそんな自分を責めないでください。家族や介護者は実際の介護に直面し、その都度様々な工夫をしながら問題解決にあたります。受容していくまでには時間が必要ですが、4つのステップを通りながら解決方法を受容していくことができます。

これまでお伝えさせてきましたが、認知症のケアには認知症高齢者に接する人が適切な関わり方を知っていて実践できているか否かが大きく影響します。適切な対応をとれることにより、日常の問題行動や精神状態が落ち着いてゆきます。“どのような病気なのか”、“どうして起こるのか”、“どんな症状にどう対応したらよいのか”、“毎日接する上で大切なことは?”まずは正しく理解しましょう。

そして認知症を病気として理解するのではなく、認知症を患ってしまった人を理解し、これまでと同じ心で継続的に関わっていくことが大切です。良いケアとは“ケアをすることだけではなく、ケアをしながら人について、自分自身について、人間について認識を深めていく関わりである”と思います。これらの情報のいくつかが皆さまのお役にたち、小さな幸せに繋がりますように。

 


 

  • 冬、透明な空気と樅の木
    冬、透明な空気と樅の木

いよいよ師走。手袋やマフラーが恋しい季節ですが、もう冬仕度は整いましたか?師走は年極(としはつ)とも呼ばれ、全てを終える月の意もあるそうです。終えるためにも忙しい季節ですね。今年の紅葉は少し遅かったため、私は今日も足元から真っ赤な桜の葉を1枚1枚と選びました。手帳にはさみ季節の移り変わりを感じています。街の風景は紅葉から華やかなイルミネーションに移り変わります。

紅葉が終わる頃には針葉樹である樅(モミ)の木の活き活きとした緑や爽やかな香りが恋しくなります。モミの木の学名は「アビエス=永遠の命」。モミの葉からの抽出液は紀元前3000年頃より病人の治療にも使われていたそうです。カナダなどでは関節炎など抗炎症作用とのある精油として自宅のケアに活用されてきました。フィトンチッド(※1)の香りを嗅ぐと、脳の交感神経に働きかけ脳の働きが活発になります。モミの木を室内に置くことで空気が浄化され殺菌効果があるという報告もされています。この季節、通勤用のマイバックにはモミの小瓶(精油)が1本。何よりも私はモミの葉のあの深緑色が好きです。東京ミッドタウンガーデンには、昨年アイルランド出身の歌姫エンヤさんが植樹した小さなモミの木があります。
モミの木の前に立ち、昔から人の暮らしに役立ってくれていることにこっそりとお礼を伝えます。

(※1)フィトンチッド
微生物の活動を抑制する作用をもつ、樹木などが発散する化学物質。植物が傷つけられた際に放出し、殺菌力を持つ揮発性物質のこと。森林浴はこれに接して健康を維持する方法。

フィンランドの生まれの作曲家、シベリウスの小品“樅の木”という曲があります。瞳を閉じて聴いていると雪がしんしん降り積もる森の中に生きるモミの木々がイメージされ、気持ちが静かになります。これからの季節、家の中で暖をとりながら聴いていたい曲です。この曲はシベリウス「樹の組曲」Op75の中のひとつ、他にも“白樺”や“孤独な松の木”などがあります。どれも小さく簡潔な曲ですが、叙情の旋律は何故か深く大きい何かを感じます。個人的にはフィンランド在住のピアニスト舘野泉さん(※2)演奏のアルバム、「フィンランドピアノ名曲コレクション」CANYONがおすすめです。アルバムの解説書の中にこんなことが書いてありました。

シベリウスの5女マルガレ―タさんはこう語っている。
「自然を父は愛していました。私達は自然の中で多くの時を過ごしました。
鳥がやってきたり、雪割草が咲いたりすると、かならず父に話さなければなりませんでした。
まず父に伝え、そして一緒に見にいくことになっていました。
黄色い蝶は父にとって特に大事だったようです。」
たてのいずみ

樹を曲にしてしまうシベリウスと、森と湖に囲まれた北欧の自然と、この曲が次第に融合し重なります。

(※2)舘野泉さん
フィンランドでのリハーサル中に脳溢血をおこし後遺症として右半身の麻痺が残ってしまいました。その後、左手のピアノ作品によるリサイタルを開催し左手ピアノ曲の普及に努めていらっしゃる方です。その行動し続ける姿に勇気をいただきます。
Webサイト=http://www.izumi-tateno.com/

 

音楽は元気な人にはもちろんですが、痛みを抱える患者に、戦場で疲れた兵士に、子供の子守唄に、高齢期の回想に、様々な場面で人間に大きな恩恵を与えてくれてきました。忙しい日常だからこそ、疲れているからこそ、本物、ピュアなものに触れる時間を大切にしましょう。美しい音は心に沁み込みます。どんな音楽が良いのか決まりはありません。心に効く音楽とは、その時々の裸の自分の気持ちにあったものです。介護のある暮らしや寒い冬の季節は外出の機会が減りがちです。好きな曲や作曲家の想いを探す夜もこの季節を楽しくさせますね。空気が澄んだ静かな夜に、音楽があたたかく皆さまの心を包みこみますように。

今年1年「はじめての介護」をお読みいただいた皆さま、ありがとうございました。そしてこの1年も、お疲れ様でございました。また来年元気にお逢いいたしましょう。それぞれの心ある“ゆく年くる年”でありますように願っています。

  • 東京ミッドタウン 「サンタツリー」
27種類、1500体以上のサンタクロースを積み上げた高さ4メートルのツリー。
1体だけ福の神、七福神のキャラクターが隠れています。
探しにおでかけくださいˆ  ˆ。