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筆者プロフィール
雑踏を行く恐怖 新宿で雑誌の編集者と打ち合わせをした後、助手の玲さんを交えて界隈の居酒屋で夕食を食べることになった。その店を探すため、玲さんが押す車イスでJRの駅前に差し掛かると、待ち合わせをする人たちの雑踏でなかなか前に進めなくなった。四方八方の視界が閉ざされると、おのずと息苦しさを感じると同時に「大丈夫かなぁ…」という不安が胸をよぎった。人込みを縫って歩いている時、よく車イスのステップの部分が前を行く人のアキレス腱の辺りに当たってしまい、痛みに顔をしかめられるからだ。なかにはふり向きざまに「何だよ!」と怒鳴ったり、けんか腰ににらみつけてくる人もいる。そんな時は、少なからずの恐怖心を抱きながら、車イスからひたすら頭を下げ、言語障害まじりに「どうもすみません」をくり返すしかない。それを見ると、たいてい相手も事情を察してくれ、これまではそれ以上の文句を付けてくる人はいなかった。とはいえ、当日の雑踏は色々な意味でコワイ人たちがウロウロしていると評判の場所でのこと。しかも、数日前に界隈の通りですれ違いざまに肩が当たっただけで相手に頭を強打され、大けがをした人のニュースを聞いていた。それだけに、いつも以上に細心の注意を払って雑踏をかき分けて行かなければならないと神経をとがらせたのだ。もちろん、いちばん敏感にそう思ったのは車イスの舵を握っていた玲さんだっただろう。周りの人たちに聞こえるように、精いっぱいの声で「恐れ入ります」を連呼し、車イスの存在に気づいてもらおうとした。それに合わせて、私も「すみません、すみません」と声を張り上げて進路を開けようとしたのだが、こちらに飛び込んでくる会話や行き交う車の音はさらにボリュームが高く、私たちのサインはすぐには届かず、待ち合わせる人たちは容易にはその場を動いてくれなかった。それでも連呼をつづけ、恐る恐る少しずつ前に進んでいくと、やはり何度も車イスのステップが前を行く人のアキレス腱に当たりそうになり、その一歩手前で私が「危ない!」と大声を上げ、玲さんは反射的に車イスを後ろに引いて、難を逃れた。それを見て同行していた編集者氏も「ボク1人だと気がつかないけど、車イスで人混みの中を進むってかなり冷や汗ものなんですね」と苦笑いした。 「ミチをアケテください」 彼の言葉に、小さく「そうなんですよ」とうなずいた直後だった。斜め前方から3、4人の若者のグループが、人混みを縫って少しずつこちらに近づいてきた。でも、互いの話に気を取られていた彼らは、視線が低い車イスの私を認知している様子はなく、瞬間「危ないなぁ」と声を上げた。その直後、彼らのなかの2人が話をしたままで車イスにぶつかりそうになり、隣にいた編集者氏も「危ない!」と叫んだ。その甲斐なく、2人はそのまま車イスにぶつかり、私の身体の上に覆いかかってきた。同時に、彼らにつられ、後ろを歩いていた人たちも行き場を失い、よろめいて将棋倒しになりかけた。すると、少し後にいた人が片言の日本語で「クルマイスのヒトがいます。ミチをアケテください」とやはり声を張り上げた。その声に私の身体に覆いかかった2人はようやくその場の事態を把握したらしく、あわてて姿勢を立て直して「ごめんなさい」と謝った。窮地を救ってくれた助け船の方向を見ると、背中にバックパックを背負った白人の外人さんが近づいてきた。そしてなおも私たちの行く手を遮っていた周りの人たちに再度「ミチをアケテください」と言いながら、自らで人混みをかき分けてくれた。おかげで目の前の道が空いて、何とかその場を通り抜けられ、前を行く外人さんに笑顔で“Thank You very much”。もちろんそれも言語障害まじりの英語だったが、外人さんはその意味を聞き取り、ふり向きざまに「ドウイタシマシテ」と会釈を返し、歩くスピードを上げていった。 国民性の違い? 数分後、探しあてた居酒屋に落ち着くと、編集者氏が人混みでの一件を指して「ああいった時は、危険を知らせるためにもまず大きな声を出すことが大切なんですね」と振り返った。私もその場の状況を思い出して、小さく笑って「そうですね」と相づちを打つと、編集者氏は「それにしても、あの外人さんは(私たちが)見ず知らずなのに、よくとっさに大きな声を出してくれましたね」と感心した。曰く「例えばボク1人の時、同じような状況に遭遇したら、何かしてあげたいという気持ちがあっても、あそこまでストレートに大きな声を出したり、人の前に立つことをためらってしまう気がするんです。もちろん個人差もあるでしょうが、そこら辺に国民性の違いを感じました」とのこと。彼の話に、ふいに20年近く前、福祉大国スウェーデンに研修旅行に行った折のハプニングがフラッシュバックし「そういうところは、確かにありますね」と応えた。 当たり前の勇気 当時のハプニングは、首都ストックホルムの地下鉄の駅構内で起こった。ストックホルムの地下鉄にはたいてい、階段、エスカレーター、エレベーターがほぼ並んで設けられている。行き交う人たちは、その中からそれぞれ自分に合ったものを利用するのだが、車イスやベビーカーの利用者は当然、最優先でエレベーターを使って上り下りすることが社会のルールになっている。ところが、私が同行者に車イスを押されてエレベーターに乗り込もうとしたある日、前方に大きな紙袋を抱えた3、4人の路上生活者風の男性がいて、私たちより先にそのままエレベーターの中に入った。すると、私たちが入り込む余地がなくなり、いったん見送って次の順番を待つしかないと思った。でも、エレベーターのドアが閉まりかかると、後ろの方から若い女性の大きな声がした。驚いてふり向くと、顔をまっ赤にして小走りでこちらに近づいてきた彼女は、頭にピンクのリボンをした17、8歳の少女だった。その彼女が、エレベーターの中の男性たちに向かい、車イスの私を指差しながら何やらまくし立てた、スウェーデン語ではっきりした意味はわからなかったが、彼女の迫力ある言葉に男性たちはすごすごとエレベーターを出て、隣のエスカレーターに向かった。それを見た彼女は、私たちに「どうぞ」と言わんばかりに微笑んだ後、自身はまた小走りで階段を上がっていった。その様子から察するに、どうやら彼女は男性たちに「あなたたちはちゃんと歩けるんだから、階段かエスカレーターを使いなさい」という旨を言って、私たちがすぐにエレベーターに乗れるようにしてくれたらしい。日本では例えば女子高生が路上生活者にお説教する光景はちょっと考えにくいだけに、遠ざかっていく彼女の背中に同行者と顔を見合わせて「すごい勇気だね」と驚いた。その後、当時ホームステイさせてもらっていた家の主で自身も車イス生活を送っている男性に英語で彼女が取った行動を話すと「それは当然だよ。だって、路上生活者であれ、ちゃんと歩ける人たちがエレベーターを使ったら、それを本当に必要とする人たちは困ってしまうんだから、ボクもその場にいたら、迷わずに注意していたと思うよ」と言った。彼の言葉には、弱者を最優先にするスウェーデンの福祉社会を支える“心”が息づいているように思えた。それは、編集者氏が口にした“国民性”にも通じるのかもしれない。そんなことを考えていると、編集者氏も以心伝心したごとく、自身の雑踏での戸惑いを振り返って「気持ちをなかなかストレートに言葉にしたり、行動にできないのは日本人の良くない国民性なんでしょうかね」と首をかしげた。 フレンドリーな微笑み さて数日後、またまた知人との飲み会を終えて、玲さんと私鉄の始発駅から電車に乗り込んだ。発車までは5分近くあったためか、車内にはまだ空席が目立ち、玲さんは私の車イスをシートの真横のスペースに停めた後、隣の席に腰掛けた。時を同じくして、私が何の気なしに向かい側のシートを見ると、斜め正面の席に30歳前後のヨーロッパ系らしき外人さんが座った。彼はブランド物のネクタイに、ベージュのスーツをビシリと着こなしていて、見るからにエリートビジネスマン風だった。そう思った次の瞬間、思わずこちらと目が合うと、彼は小さく片手を上げて微笑んだ。私も会釈を返し「ずいぶんフレンドリーでもあるんだなぁ」とつぶやいた。そういえば、日本にいても外国を旅していても、欧米諸国の外人さんと視線が合うと、彼と同じように初対面にも関わらず、たびたび微笑みかけられた。それは、車イスに座った異邦人の私に対して親近感を示し「こんにちは」の意味を込めていたのだろうか。実際、特に話す言葉も違う初めての土地を歩いている時、通りすがりの人に頻繁に微笑みかけられると、それだけでホッとする気分になった。そこには、無意識のうちに「何かあっても、手助けしてもらえる」という安心感が芽生えていた気がする。転じて、最近の日本では街中で目が合ったばかりにケンカ沙汰になることも少なくない。私自身、通りすがりにちょっとコワそうな人ににらみ返され「マズイなぁ…」とあわてて目を伏せた覚えが何度となくあった。だからだろうか。車内で偶然に彼と交わしたフレンドリーな微笑みに、懐かしさとともにもうひとつの意味での安心感が胸をよぎった。 カッコイイ優しさ それからしばらくして玲さんの携帯電話が鳴り、彼女はそれに応えるためにいったん席を立って、外に出た。すると、入れ替わるように大勢の人たちが車内になだれ込み、あっという間に座席がいっぱいになり、玲さんが陣取っていた席にもOL風の女性がサッと腰掛けた。玲さんはその後、すぐに車内に戻ってきたのだが、そうなると必然、玲さんが座れる席はどこにもなくなっていた。私が隣の女性に視線をやって「(席を確保できなくて)ゴメンね」と言うと「いいよ、大丈夫」と微笑み、車イスの横に立ってつり革を掴んだ玲さん。その時、斜め正面で1分足らずの間に起こった光景の一部始終を見ていたフレンドリーなあの外人さんが立ち上がって、玲さんに「どうぞ」と席を譲ろうとした。予想していなかった申し出に、玲さんはいったん「いえいえ、大丈夫です」と笑顔で遠慮したが、彼は空いた席を指さしてまた「ボクはヘイキですから、どうぞ、どうぞ」とフレンドリーな微笑み。それを見た玲さんは、今度は「ありがとうございます」と譲られた席に座った。そして「ドウイタシマシテ」と会釈を返した外人さんは、片手にカバンを持って私の真正面のスペースに立ち、手にしていた雑誌に視線を落とした。そこでも彼の生活に根づいている他者を思いやる自然な優しさを感じて、つい斜め正面の席にいる玲さんに向かって「彼、カッコイイね!」と口パクすると、その意味を理解した彼女も大きく「そ・う・だ・ね」と口を動かした。 注意できなくて ところがである。数分後、同じ外人さんに顔をしかめてしまう状況に出くわした。電車が走り出して10分ほどすると、私の隣に座っていた女性は先に途中の駅で下車したので、玲さんは斜め正面の席からそこへ移ってきた。空いた席には、それまで玲さんの前に立っていた男性がそのまま座り、外人さんは変わらず、私の正面のスペースに立っていた。隣の席に座った玲さんがその方向に視線をやると、やおら私の洋服の裾を引っ張って小声で「ねえねえ、ちょっとあれ見て」と言った。瞬間、私も正面を見ると、外人さんの足もとに何やら液体がボタボタ落ちていた。「何だろう?」と思い、その出所を探ると、それは外人さんがカバンに下げていた携帯端末だった。足もとの液体はその携帯端末の電池からの液漏れらしく、周りの人たちもチラチラ視線をやっていたが、イヤホンを差して相変わらず雑誌を読んでいた当の本人は全く気づく様子がなかった。それを見て、玲さんと2人して「注意してあげた方が良いのかなぁ」とも思ったものの、実際に満員電車の中では実行することができなかった。そこには、日本人の国民性にも通じる“照れくささ”や“恥ずかしさ”が働いていたのだろうか? 外人さんより先に電車を降りて、そう考えていると玲さんが「寸前に席を譲ってもらった人に、注意するのはちょっと気が引けたね」と苦笑いした。それも然りで「そうなんだよね」と声を高くして自分たちの勇気の足りなさを正当化しようとした。
新宿で雑誌の編集者と打ち合わせをした後、助手の玲さんを交えて界隈の居酒屋で夕食を食べることになった。その店を探すため、玲さんが押す車イスでJRの駅前に差し掛かると、待ち合わせをする人たちの雑踏でなかなか前に進めなくなった。四方八方の視界が閉ざされると、おのずと息苦しさを感じると同時に「大丈夫かなぁ…」という不安が胸をよぎった。人込みを縫って歩いている時、よく車イスのステップの部分が前を行く人のアキレス腱の辺りに当たってしまい、痛みに顔をしかめられるからだ。なかにはふり向きざまに「何だよ!」と怒鳴ったり、けんか腰ににらみつけてくる人もいる。そんな時は、少なからずの恐怖心を抱きながら、車イスからひたすら頭を下げ、言語障害まじりに「どうもすみません」をくり返すしかない。それを見ると、たいてい相手も事情を察してくれ、これまではそれ以上の文句を付けてくる人はいなかった。とはいえ、当日の雑踏は色々な意味でコワイ人たちがウロウロしていると評判の場所でのこと。しかも、数日前に界隈の通りですれ違いざまに肩が当たっただけで相手に頭を強打され、大けがをした人のニュースを聞いていた。それだけに、いつも以上に細心の注意を払って雑踏をかき分けて行かなければならないと神経をとがらせたのだ。もちろん、いちばん敏感にそう思ったのは車イスの舵を握っていた玲さんだっただろう。周りの人たちに聞こえるように、精いっぱいの声で「恐れ入ります」を連呼し、車イスの存在に気づいてもらおうとした。それに合わせて、私も「すみません、すみません」と声を張り上げて進路を開けようとしたのだが、こちらに飛び込んでくる会話や行き交う車の音はさらにボリュームが高く、私たちのサインはすぐには届かず、待ち合わせる人たちは容易にはその場を動いてくれなかった。それでも連呼をつづけ、恐る恐る少しずつ前に進んでいくと、やはり何度も車イスのステップが前を行く人のアキレス腱に当たりそうになり、その一歩手前で私が「危ない!」と大声を上げ、玲さんは反射的に車イスを後ろに引いて、難を逃れた。それを見て同行していた編集者氏も「ボク1人だと気がつかないけど、車イスで人混みの中を進むってかなり冷や汗ものなんですね」と苦笑いした。
彼の言葉に、小さく「そうなんですよ」とうなずいた直後だった。斜め前方から3、4人の若者のグループが、人混みを縫って少しずつこちらに近づいてきた。でも、互いの話に気を取られていた彼らは、視線が低い車イスの私を認知している様子はなく、瞬間「危ないなぁ」と声を上げた。その直後、彼らのなかの2人が話をしたままで車イスにぶつかりそうになり、隣にいた編集者氏も「危ない!」と叫んだ。その甲斐なく、2人はそのまま車イスにぶつかり、私の身体の上に覆いかかってきた。同時に、彼らにつられ、後ろを歩いていた人たちも行き場を失い、よろめいて将棋倒しになりかけた。すると、少し後にいた人が片言の日本語で「クルマイスのヒトがいます。ミチをアケテください」とやはり声を張り上げた。その声に私の身体に覆いかかった2人はようやくその場の事態を把握したらしく、あわてて姿勢を立て直して「ごめんなさい」と謝った。窮地を救ってくれた助け船の方向を見ると、背中にバックパックを背負った白人の外人さんが近づいてきた。そしてなおも私たちの行く手を遮っていた周りの人たちに再度「ミチをアケテください」と言いながら、自らで人混みをかき分けてくれた。おかげで目の前の道が空いて、何とかその場を通り抜けられ、前を行く外人さんに笑顔で“Thank You very much”。もちろんそれも言語障害まじりの英語だったが、外人さんはその意味を聞き取り、ふり向きざまに「ドウイタシマシテ」と会釈を返し、歩くスピードを上げていった。
数分後、探しあてた居酒屋に落ち着くと、編集者氏が人混みでの一件を指して「ああいった時は、危険を知らせるためにもまず大きな声を出すことが大切なんですね」と振り返った。私もその場の状況を思い出して、小さく笑って「そうですね」と相づちを打つと、編集者氏は「それにしても、あの外人さんは(私たちが)見ず知らずなのに、よくとっさに大きな声を出してくれましたね」と感心した。曰く「例えばボク1人の時、同じような状況に遭遇したら、何かしてあげたいという気持ちがあっても、あそこまでストレートに大きな声を出したり、人の前に立つことをためらってしまう気がするんです。もちろん個人差もあるでしょうが、そこら辺に国民性の違いを感じました」とのこと。彼の話に、ふいに20年近く前、福祉大国スウェーデンに研修旅行に行った折のハプニングがフラッシュバックし「そういうところは、確かにありますね」と応えた。
当時のハプニングは、首都ストックホルムの地下鉄の駅構内で起こった。ストックホルムの地下鉄にはたいてい、階段、エスカレーター、エレベーターがほぼ並んで設けられている。行き交う人たちは、その中からそれぞれ自分に合ったものを利用するのだが、車イスやベビーカーの利用者は当然、最優先でエレベーターを使って上り下りすることが社会のルールになっている。ところが、私が同行者に車イスを押されてエレベーターに乗り込もうとしたある日、前方に大きな紙袋を抱えた3、4人の路上生活者風の男性がいて、私たちより先にそのままエレベーターの中に入った。すると、私たちが入り込む余地がなくなり、いったん見送って次の順番を待つしかないと思った。でも、エレベーターのドアが閉まりかかると、後ろの方から若い女性の大きな声がした。驚いてふり向くと、顔をまっ赤にして小走りでこちらに近づいてきた彼女は、頭にピンクのリボンをした17、8歳の少女だった。その彼女が、エレベーターの中の男性たちに向かい、車イスの私を指差しながら何やらまくし立てた、スウェーデン語ではっきりした意味はわからなかったが、彼女の迫力ある言葉に男性たちはすごすごとエレベーターを出て、隣のエスカレーターに向かった。それを見た彼女は、私たちに「どうぞ」と言わんばかりに微笑んだ後、自身はまた小走りで階段を上がっていった。その様子から察するに、どうやら彼女は男性たちに「あなたたちはちゃんと歩けるんだから、階段かエスカレーターを使いなさい」という旨を言って、私たちがすぐにエレベーターに乗れるようにしてくれたらしい。日本では例えば女子高生が路上生活者にお説教する光景はちょっと考えにくいだけに、遠ざかっていく彼女の背中に同行者と顔を見合わせて「すごい勇気だね」と驚いた。その後、当時ホームステイさせてもらっていた家の主で自身も車イス生活を送っている男性に英語で彼女が取った行動を話すと「それは当然だよ。だって、路上生活者であれ、ちゃんと歩ける人たちがエレベーターを使ったら、それを本当に必要とする人たちは困ってしまうんだから、ボクもその場にいたら、迷わずに注意していたと思うよ」と言った。彼の言葉には、弱者を最優先にするスウェーデンの福祉社会を支える“心”が息づいているように思えた。それは、編集者氏が口にした“国民性”にも通じるのかもしれない。そんなことを考えていると、編集者氏も以心伝心したごとく、自身の雑踏での戸惑いを振り返って「気持ちをなかなかストレートに言葉にしたり、行動にできないのは日本人の良くない国民性なんでしょうかね」と首をかしげた。
さて数日後、またまた知人との飲み会を終えて、玲さんと私鉄の始発駅から電車に乗り込んだ。発車までは5分近くあったためか、車内にはまだ空席が目立ち、玲さんは私の車イスをシートの真横のスペースに停めた後、隣の席に腰掛けた。時を同じくして、私が何の気なしに向かい側のシートを見ると、斜め正面の席に30歳前後のヨーロッパ系らしき外人さんが座った。彼はブランド物のネクタイに、ベージュのスーツをビシリと着こなしていて、見るからにエリートビジネスマン風だった。そう思った次の瞬間、思わずこちらと目が合うと、彼は小さく片手を上げて微笑んだ。私も会釈を返し「ずいぶんフレンドリーでもあるんだなぁ」とつぶやいた。そういえば、日本にいても外国を旅していても、欧米諸国の外人さんと視線が合うと、彼と同じように初対面にも関わらず、たびたび微笑みかけられた。それは、車イスに座った異邦人の私に対して親近感を示し「こんにちは」の意味を込めていたのだろうか。実際、特に話す言葉も違う初めての土地を歩いている時、通りすがりの人に頻繁に微笑みかけられると、それだけでホッとする気分になった。そこには、無意識のうちに「何かあっても、手助けしてもらえる」という安心感が芽生えていた気がする。転じて、最近の日本では街中で目が合ったばかりにケンカ沙汰になることも少なくない。私自身、通りすがりにちょっとコワそうな人ににらみ返され「マズイなぁ…」とあわてて目を伏せた覚えが何度となくあった。だからだろうか。車内で偶然に彼と交わしたフレンドリーな微笑みに、懐かしさとともにもうひとつの意味での安心感が胸をよぎった。
それからしばらくして玲さんの携帯電話が鳴り、彼女はそれに応えるためにいったん席を立って、外に出た。すると、入れ替わるように大勢の人たちが車内になだれ込み、あっという間に座席がいっぱいになり、玲さんが陣取っていた席にもOL風の女性がサッと腰掛けた。玲さんはその後、すぐに車内に戻ってきたのだが、そうなると必然、玲さんが座れる席はどこにもなくなっていた。私が隣の女性に視線をやって「(席を確保できなくて)ゴメンね」と言うと「いいよ、大丈夫」と微笑み、車イスの横に立ってつり革を掴んだ玲さん。その時、斜め正面で1分足らずの間に起こった光景の一部始終を見ていたフレンドリーなあの外人さんが立ち上がって、玲さんに「どうぞ」と席を譲ろうとした。予想していなかった申し出に、玲さんはいったん「いえいえ、大丈夫です」と笑顔で遠慮したが、彼は空いた席を指さしてまた「ボクはヘイキですから、どうぞ、どうぞ」とフレンドリーな微笑み。それを見た玲さんは、今度は「ありがとうございます」と譲られた席に座った。そして「ドウイタシマシテ」と会釈を返した外人さんは、片手にカバンを持って私の真正面のスペースに立ち、手にしていた雑誌に視線を落とした。そこでも彼の生活に根づいている他者を思いやる自然な優しさを感じて、つい斜め正面の席にいる玲さんに向かって「彼、カッコイイね!」と口パクすると、その意味を理解した彼女も大きく「そ・う・だ・ね」と口を動かした。
ところがである。数分後、同じ外人さんに顔をしかめてしまう状況に出くわした。電車が走り出して10分ほどすると、私の隣に座っていた女性は先に途中の駅で下車したので、玲さんは斜め正面の席からそこへ移ってきた。空いた席には、それまで玲さんの前に立っていた男性がそのまま座り、外人さんは変わらず、私の正面のスペースに立っていた。隣の席に座った玲さんがその方向に視線をやると、やおら私の洋服の裾を引っ張って小声で「ねえねえ、ちょっとあれ見て」と言った。瞬間、私も正面を見ると、外人さんの足もとに何やら液体がボタボタ落ちていた。「何だろう?」と思い、その出所を探ると、それは外人さんがカバンに下げていた携帯端末だった。足もとの液体はその携帯端末の電池からの液漏れらしく、周りの人たちもチラチラ視線をやっていたが、イヤホンを差して相変わらず雑誌を読んでいた当の本人は全く気づく様子がなかった。それを見て、玲さんと2人して「注意してあげた方が良いのかなぁ」とも思ったものの、実際に満員電車の中では実行することができなかった。そこには、日本人の国民性にも通じる“照れくささ”や“恥ずかしさ”が働いていたのだろうか? 外人さんより先に電車を降りて、そう考えていると玲さんが「寸前に席を譲ってもらった人に、注意するのはちょっと気が引けたね」と苦笑いした。それも然りで「そうなんだよね」と声を高くして自分たちの勇気の足りなさを正当化しようとした。
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