介護マガジン

ソーシャルワーカー 金沢次郎の「心のよろず屋 奮闘記」

2010/07/15 きれいな庭

先日Aさんの自宅に伺った。Aさんはご主人との2人暮らしで、ご主人が介護をしていた。Aさんは脳梗塞の後遺症による麻痺と、糖尿病からくる視力低下があり、通院以外はほとんど自宅から出ることがなかった。その日の朝、ご主人から地域包括センターに役所から紹介されたので一度相談したいという電話があった。私はご主人が介護をされているということを聞いて、きっと慣れない家事や介護でご主人も大変だろうと思いながらAさんの家に向かった。部屋の中も乱雑であるに違いないと半ば思い込んでいたのだが、Aさんの自宅の前に来てみて驚いた。庭にはいろんな花がきれいに咲いており、とてもさわやかで明るい感じがした。部屋の中も整理整頓がされていた。

私は庭や部屋の様子を見て、介護をしているご主人にもだいぶ余裕があるのだと思った。これだけのことができるのであれば、Aさんの状態も私が予想しているよりも良いのかもしれない。しかし逆にAさんは私が思っていたよりも、身体の具合が悪く、ご主人の介護量も大変なものがあった。トイレの介助なども頻繁で、ご主人が外出できるのは本当にわずかな時間だけとのことだった。

ご主人の話を聞く限り、とても庭いじりや部屋の片づけをやるほどの余裕はないように思えた。Aさんは随分前から介護が必要な状態だったにもかかわらず、今までどこの相談機関にもご主人は相談せず、サービスも利用していなかった。1人で全ての介護を行ってきたご主人にどうして、庭をきれいにしたりする時間があるのか不思議に思ったので、私はさりげなく、庭がきれいであることをご主人に伝えてみた。

ご主人は「自宅からほとんど出ることができないので、自分の家でできることを探したら庭いじりや部屋の片づけしかなかった」と話してくれた。私は最初余裕があるから庭いじりをすることができると思っていたが、全く逆だった。Aさんを置いて1人外出をすることもできずに、余裕が全くない中でもできることを探した結果が庭いじりだったということを聞いて私はご主人の強さを見た気がした。もしここで“外に出ること以外に楽しみを見つけることができない”とご主人が考えていたとしたら、きっとご主人は精神的に参ってしまっていたと思う。自分が置かれた状況の中で考えられる楽しみを見つけることはできそうでなかなかできることではないと思う。自分だったら同じようにできるだろうか。毎日訪問先で色々なことを教えてもらっている。私にはこうしたことがこの仕事の大きな魅力のように思える。