元気シニアの時代

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36年間勤め続けていた会社でマーケティング、情報調査、総務、広告法務、社内報編集その他各部署を転々とした、典型的なジプシー社員の筆者が、現在も業務委託の契約をして元気に働き続けながら、自らシニアの立場で世の中の「元気シニア」について独自の論評を展開する。

筆者プロフィール

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木村真也さん
木村 真也
(きむら しんや)

1941年(昭和16年)9月9日、疎開先の愛知県豊橋市生まれ。4〜5才の時、サッカーの「ジュビロ磐田」で有名な磐田市に移り高校まで過ごす。大学は早稲田だが行ったり行かなかったりで卒業まで5年かかる。その後フラフラしていたが食いつめ、やむなく現在の会社(広告代理店)に3ヶ月のつもりで就職。ここでも仕事は性に合わなかったが、飛び出る勇気もなく定年後の今日まで延々36年間居座り続け、現在「社内報」編集のため業務委託の契約をして平均週3日ほど出勤。
趣味の一つは健康食品。カラダにイイと言われるものは何でも試している。家族は愚妻と愛嬢、愛息の4人家族。加えて、わが愛猫フジコちゃん。

Vol.44 素晴しきかな、わがサンルーム


1. ある夜の自慢話

日中は依然として残暑厳しいが、朝夕は涼しい風も吹く9月の中頃である。
私はいつもながら夜10時近く会社から家について一風呂浴びた後晩酌をするが、その夜は特に上機嫌であった。月1回の社内報の発行もほとんど最終段階だったし、生垣剪定に続きシルバー人材センターの助っ人によって、懸案も次から次へと解決されてきた。 「ど〜だ、すごいだろう…」 家内相手の話だからトーンはどんどん上がる。「去年は300万円以上かかった家の補修も終わったし、今年は拓も卒業したし、まだ心配だがまずは親の責任は果たせたな」

今年卒業した長男のことだが、しばらくガソリンスタンドでアルバイトをした後、海外へ放浪の旅に出てしまっている。

「それに頭痛の種だった生垣の件も解決したし、今はふぁ〜っとした気分だよ。隣の奥さんと会ってもニコニコしているし、これからも毎年シルバー人材センターの人に来てもらえばコトは簡単にすむ。それにパソコンの利用も軌道に乗った。お前には言わなかったが、光ファイバーにしてから毎月7〜8,000円もかかるんだぜ。使わにゃあ損だよ。それにあのボロボロの襖だって板に張り替えてもらったし、エアコンも4台掃除してもらった。あれだって金が無いので買ってから一度もやってなかった。いや、一台は電気屋にやってもらったが、確か1万円以上かかったな。今度は半分以下で済んだんだぜ。これで3〜4年はやらずに済む。それから去年65歳になってバス代が片道100円、市営ジムの利用代が300円から100円、いいことづくめだな。絶好調!まあ、運が向いてきたっていうことかね。オレは善人だからな」 家内も話題がみんな巧くいったことだから、異論もなく内心嬉しそうだった。私の自慢話にも「でも、シルバー人材センターがあるっていうことは私が言ったのよ」と“功績の一端”を表明する程度だった。

喧嘩しかし、私の自慢話がだんだん広がってサンルームの建築に及ぶと、とたん雲行きがおかしくなってきた。「それに思い切ってサンルームも作ったし、これ大ヒットだよ。お前はあんなに猛反対したのに、出来てみりゃあ便利だろう」その時私はこの件をめぐって大喧嘩をしたことを思い出した。それがまるで昨日の事のようだった。家内の主張は、もう家の補修も終わって貯金も大分減ってきた。これ以上余分な金を使いたくないという一点に尽きた。しかし、私自身にしてみれば座ったまま窓越しに外の風景、特にわが生垣を眺めるというのが年来の夢だったのだ。そして、その思いの延長上にサンルーム建築の話がでてきたのだ。そして、そのことをめぐって断固として譲らない家内と大喧嘩をしたのは事実。私もそのことを思い出すとだんだん気が荒くなってくる。 「だいたい、お前は目先のことしか考えないんだよ。今はどういう時期なのか、だから何をすべきかを考えなけりゃあいかん。いいか、今は曲がりなりにも二人とも働いているんだぜ、多少、金の余裕はある。だから、将来必要とするもの、金のかかるものをこの時期に思いきってやるんだ。そうでもなけりゃあ年金だけの時になったら何もできやしない。ダメだよ、お前は。そういうことが全く分からないんだから…。」と言ったとたん、話がヘンな方向に行ってしまった。「それを言うなら、お父さんも借金早く返してね。返す、返すって言ったって、いつまでたっても減りゃあしないんだから。私が返すからカードを返してよ。70万円なんて年金生活なら大変な額よ。」 と、だんだん反撃のトーンが上がってくる。

私も、長年の経験でこれはヤバイと思った。 「とにかく、この1年で返す。返せなかったら、もう1年働く…」 などと言って、これはイカンと早々と2階のわが寝室兼書斎に逃げ込んでしまった。

2. 一枚物の透明なガラス戸への思い

さて、ここ30年来の私の夢は、大きな一枚物の透明なガラス戸である。いや、正確に言えばそれに向き合って憩うことである。座ったままで外の自然、特に青々とした生垣を眺めるのが何よりの癒しなのだ。理想を言えば外側は岩がゴツゴツした海か清流であれば言うことはないが、私ごときにそんなことは望むべくもない。まあ、それは我慢するとして、私がなぜ、この透けたガラス戸の魅力にとらわれたか、まずその話からしよう。

話はちょうど30年ほど前、結婚当初に住んだ3DKの借家アパートの体験に遡るのである。そこは極普通のモルタル木造アパートの1階であったが、唯一良かったのは居間に透明な一枚物のガラス戸があったことだ。朝、雨戸を開ければレースのカーテンを通して陽光が燦々(さんさん)と入ってくる。前の空地は雑草がところどころ生えているだけの殺風景なものだったが、その前には通学路があって小学生の姿とにぎやかな会話が聞こえてくる。

それ以前、私が住んでいたのは4畳半の下宿だったし、生家を含めそのようなガラス戸の家に、住んだことがなかった。つまり、生まれて初めて家の中にいながら広々としたオープンな景色に接することができたのである。しばらくして、外から室内がまる見えだと言って家内が室内の見えにくいカーテンを取り付けてからは直接外の風景を眺めたい時はカーテンを開いて心ゆくまで楽しむことができたのである。新婚当初であったという事態を割り引いても忘れられないほど楽しい日々だったと思っている。

だから、東京郊外に今の家を建てた際にも、大工さんに一枚物の透明なガラス戸を強くお願いしたのだが、出来上がったものは、上半分が透明で、下半分がスリガラスの戸であった。これには私も憤然としたが後の祭りである。出来てしまったものは仕方がない。これを一枚物に換えるとしたら更に追加料金を払わなくてはならない。あんな小予算で建ててもらったんだから無理も言えまい。諦めよう。私は断念することにした。

しかし、人間一度諦めれば簡単に諦めのつくものだ。このままでも、立てば外の生垣が見えるし、座っていても網戸にすれば風も入ってくるし外も見える。頭の片隅には一枚物のガラス戸のことがシカと残っていたものの、毎日の会社勤務に追われて、20年以上もそのままになってしまっていた。

3. 遂にサンルーム建築!

サンルーム私は3年ほど前に安普請のわが家の補修工事をした。建ててから20年以上たって、外装、改装、もう見る影もなかったのだ。屋根の庇の裏の板ははがれ、ピーチク、パーチク、ムクドリがヒナをかえす状態になっていたのである。私はそれほどとは思わなかったものの、外聞を気にする家内のリードで内外装を一新することにした。この件も成行で、あれも直す、これも直すということになり、あれよあれよと費用は予想外の300万円を越えてしまった。

しかし、私はその補修工事の合い間に、長年私の夢であったガラス戸とその延長上にあるサンルームについて大工さんに聞いてみたのである。 そうしたら、大工さんは 「ガラス戸を変える・・・。それならサンルームでしょう。でも、あんなもの夏は暑くて、冬は寒くてどうしようもないですよ。まあ園芸好きの人なら観葉植物なんか置いておくには、いいでしょうけど。」 とニベもない答え。

実は息子の4畳半の部屋には既にサンルームを増設していたが大工さんの言うとおり、暑いこと、寒いことはおっしゃる通りであった。私はすでに補修に大金をはたいたことでもあるし、その時はそれほどこだわることもなく諦めてしまった。

しかし、補修から2年近く時がたつにつれ、私もだんだんと老後のことを身近に思うようになった。「どう考えてもここで老後を過ごす他ない」 そう思うと、急に“終の棲家”という思いが募ってきた。

それなら、まだ働いている今こそその準備をしなければと、家内にその話を切り出すと例のごとき猛反対を受けたのである。毎日、毎晩「もうその話はしないで・・・」と何回拒絶を受けたことか。しかし、そんな事で火の着いた私の長年の思いは怯むことはない。最終的には「70歳まで働けば十分オツリがくるよ。」の一言でこの件は落着した。

建築費用の50〜60万円はともかく、それより、暑さ寒さをどう防ぐかが難問であった。そこで大工さんとの何回もの相談を持ちかけ、その結果今の家の雨戸は取り外すが、ガラス戸はそのまま残すこと、寒い時にはそれを閉め暑い時には開けて寒暖を調整する、天井には直接日光を遮る開閉自在なブラインドを張ること、サンルームには三面とも網戸をつける。こういう工夫をこらし、三人の大工さんの三日に渉る作業の結果、わがサンルームは出来上がったのである。

今年の真冬、2月5日のことだ。家の南側にある生垣から人の歩く幅をあけて横幅3メートル、奥行1メートル半、高さ2〜2.3mの傾斜をもったサンルームが完成したのである。ほぼ30年近くに及ぶ宿願達成だ。私は本当に嬉しくてたまらなかった。

4. 素晴しきかな、わがサンルーム

私は朝起きるとまず、中戸を開けてサンルームに出る。そしてレースのカーテンを開くと、そこには青々とした生垣が身近に迫る。私は陽の光を浴びて自然に囲まれる。その後、私はしばらくして会社に出るのだが、その時はバスと電車を乗り継いで行く。さすがに、66歳の“老人”だから座席に座るため各駅停車の電車に乗るが、バスや電車の乗り換えなどは、まるで雑踏の中を泳いで行く感じだ。仕事が終わり、ヘタヘタ、クタクタになって家に帰り一風呂浴びた後では自然と生垣を眺めながら一杯ということになる。夜、天井から吊るされた蛍光灯の光はその生垣の青葉をクッキリと写し出し一層自然に囲まれているという感じになる。ささいな事だが生垣に面した朝と夜の一時は私にとってまことに貴重な癒しの時といっていい。この癒しだけでももう十二分に元をとった気持ちになるのに、家のスペースが畳2枚分ぐらい増えたというメリットは想像以上のものだ。

当初、絶対に倉庫にはしないという家内の言葉通り、サンルームに極力モノは置かないようにしているが、それでも日常使う通勤用のバッグとかは置いてあるし、雨の日など洗濯物を乾かすこともある。それから家に運び込んだ荷物を一旦そこに入れたり、出したりの臨時のモノ置き場としても、まことに貴重なスペースとなる。

更に、勝手ながらネコ好きの家内は、ネコタワーという大きな遊具を買い込んで、その上でネコが陽を浴びながら寝そべっているのを見て喜んでいる。ネコはサンルームの網戸越しに風に当たり、生垣の根元をはうアリや小虫をじぃ〜と眺めたりしている。まことに心なごむ風景だ。当初心配した、暑さ、寒さも網戸、中戸、ブラインドなどを調整して難なく過ごすことができた。

夫婦円満私は先頃、大変上機嫌だったことはサンルームでも真夏を難なく過ごせたという自信が影響しているのである。あれだけ争って宿願達成、たった50〜60万円(家の拡張するとすれば、費用も時間その数倍は優にかかるだろう)で精神的にも機能的にもこれだけのものを私に与えてくれたサンルーム、わが老年に思いもかけないプレゼントである。

家内の気持ち、言うまでもないでしょう。私より喜んでいますよ、口では言いませんけどね。とにかく夫婦円満。素晴しきかな、わがサンルーム。


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