介護マガジン
ソーシャルワーカー 金沢次郎の「心のよろず屋 奮闘記」
2008/09/04 ニーズ
仕事の中で「ニーズ」という言葉をよく聞く。辞書では「需要」とか「要求」と訳されていることが多く、特に社会福祉の仕事に従事している人以外でも使われている言葉だと思う。「その人のニーズ」といった場合、その人が「自覚しているニーズ」と「無自覚だけれど、明らかに必要と考えられるニーズ」がある。相談に来た方が「自分に必要なこと」のすべてを把握して言葉にできればよいのだが、これはとても難しい。自分自身のことであるのに、意外に自分の「ニーズ」はわからない。だから、人と話をする中で、自分自身で気がついたり、人から指摘されてようやくわかるものではないかと思う。つまり私の仕事は、この相談に来た方の無自覚な「ニーズ」がどのようなものであるかを考える仕事といえるかもしれない。しかし、これは何度やっても難しい。何も仕事のことだけではない。
先日私は妻の「ニーズ」を見誤った。妻は仕事(パート)をしており、仕事と育児でいつも疲れている。私は帰りが遅いので、子供の相手と家事はほとんど妻に任せきりになっており、日頃から申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だからといって、私が仕事を辞めて家事や子育てをするわけにもいかず、多少食器を洗ったり、ゴミを出したりする程度のフォローしかできないでいた。疲れている妻を見て、私は妻が一人で自由に過ごす時間が必要なのではないかと考え、私が休みの時に私が子守りを引き受けることを提案した。一日でも家事と子育てから解放され、映画をみたり買い物をする時間が持てれば妻もリフレッシュすることができるのではないかと思った。「一人の時間を持つこと」これが妻の「ニーズ」だと私は考えていた。私は妻が当然喜ぶものだと思ったが、私の予想した反応と違った。私は妻の反応を見て少しがっかりして、何を妻が希望しているのかもう一度考えてみた。
私がいくら子守りをして、妻が外に遊びにいっても、やらなければならない家事はそのままになる(私はまだ家事をしながら、子守りはできない。どちらか一つになってしまう)。そうなると、次の日の家事の量が2倍になってしまい、むしろ妻の負担は増えることになる。よくよく考えると、妻も仕事をしており、私が考えているより子供と二人だけの時間が多いわけではない。イライラや疲れの原因は子供と一緒にいることではなく、子供と一緒にいることで家事が思うようにこなせないということだった。だから妻が望んでいたことは、一人で出かけることではなく、私が妻の代わりにいつも妻が行っている家事を行い、妻がのんびりした気持で子どもと過ごすことだったのではないかという結論になった。
結局、妻はその日自宅にいて子供と過ごし、私が家事を行った。しかし、いつもやりなれていない私が家事を行ったので、もしかしたら妻は余計にイライラしたかもしれない。やはり「ニーズ」を見極めることは難しい。
