介護マガジン

ケアの達人日記

Vol.62 恥部を共有して

体調のバロメーター

 ウンチは、その日の体の健康状態を計るバロメーターだと言われる。ちょっと汚い話だが、私もお腹の調子がいい時にはチョコレート色したかなりの太さのウンチが2,3本出る。逆に調子が悪く、便秘がちになった時はサイコロステーキの形をしたドス黒い色のウンチが数個しか出ない。また、お腹が下し気味になった時には液体状で、ニオイが臭いウンチが出るのが常である。

いずれにせよ、日々の健康状態を把握するには毎回、自分の目でウンチの具合を確かめることが有効になる。子供心にそれに気づいていたのか、私は小学生の頃からトイレの水洗で流す前に和式便器の中をのぞき込んで、ウンチをチェックするようになっていた。大学を卒業して実家が改築され、トイレも洋式に変わった後はいったん手すりにつかまって立ち上り、そこから便器の中へ視線を落とすようになった。以来、親元を離れ、ケア者の手を借りての自立生活を始めてからも同様な方法で自分のウンチを見続けてきた。

ウンチを見合う関係

 ところがここ3,4年、以前にも書いたように加齢に伴う2次障害などで身体機能が徐々に低下してきた。とりわけ腕と足の力の低下が著しく、自力で手すりにつかまって立てなくなった。そうなると必然、トイレの出入りにもケア者の手を借りなければならなくなり、自分一人ではウンチをチェックできなくなった。とはいえ、そうなった当初はケア者になかなか「一緒にウンチの具合を見て」とは言い出せず、自分の目で確認しないまま、ケア者に水洗でウンチを流してもらっていた。そのあとで同じケア者の手を借りてトイレから出るのだが、いつも少なからず「今日のウンチはどうだったかなぁ?」と気がかりになっていた。

そんな折りのある日、水洗で私のウンチを流そうとした助手の玲さんが「ちょっと待てよーウンチは健康のバロメーターだから、ちゃんと自分の目で確かめてから流したほうがいいんじゃないの」と言い出した。こちらの気がかりを察したごとくの彼女の言葉に、私も「そうだね、そうしてくれる!?」と勢い込んだ。すると玲さんは私を便器から抱き上げ、しばしその状態を保持した。かなりの力仕事だったが、そうしてくれたことで久しぶりに自分のウンチと対面できた。玲さんも一緒に便器の中をのぞき込み、「今日はバナナみたいな太さのいいウンチだね」と笑った。玲さんと出会って3年あまり、それが二人して私のウンチを見合う関係の始まりだった。

もう一つのバロメーター

 聞けば、玲さん自身も以前から体調チェックのために自分の目でウンチの状態を確かめる習慣がついていたとのこと。ただ、それにしても人のウンチまでチェックするとなると、介助する側もされる側も最初は多少なりとも抵抗を感じるものだろう。それを突き破って、私たちが[ウンチを見合う関係]になれたのは3年あまりの時間の間に少しずつ深めていったお互いの信頼関係と、同じ時間の中で玲さんの心に自然に芽生えた、相手の体調の変化に注意を払うケア者としてのプロ意識がタイミング良く合致したからだと思った。そう考えると、[ウンチを見合う関係]が二重の喜びになった。

それ以降、玲さんも私のウンチを数かぎりなく見続け、一目でその日の体調を予測できるようになった。一方で、最近では玲さんだけではなく、ケア回数が多く、信頼が置けるようになった女性ヘルパーのEさんや社会福祉系の大学で介護コースを専攻するタイト君にもウンチを一緒にチェックした後で流してもらうようになった。

彼らは私のケア以外にも、大学の実習や所属するNPOの仕事で特養の老人ホームや寝たきりの状態に近いお年寄り宅でオムツやかん腸を使うなど、いろいろな形でのトイレ介助の経験がある。それを知って、こちらも[ウンチを見合う関係]になることをお願いしやすくなったし、頼まれた彼らも驚く素振り一つ見せず、すんなり引き受けてくれた。それだけ彼らにも現場での経験を通して、ケア者としての高い意識が培われているということだろう。

反面、今でもトイレ介助の経験が少なかったり、私との関係がまだ浅い初心者のケア者にはやはりウンチをめぐってのお願いをためらう部分がある。そこには半ば無意識のうちに「最初からそんな“臭い関係”を頼んでは、私のケアが嫌になるのでは・・・」という潜在的な不安が働いているのかもしれない。逆にいえば、その手のお願いをめぐる私の心持ちが、それぞれのケア者との関係の深さを推しはかる“もう一つのバロメーター”になっている気がする。

第一発見者

 他方、先日は入浴介助をしていたタイト君がお風呂上がりに、私に下着をはかせようとした時、「ちょっとお尻のところを見せてもらってもいいですか」と言った。曰く、「さっき(お風呂に入る前に)脱いだパンツを見たら、少しだけ血みたいなものがついていたもんでー。それでいま、また(着替えさせている)途中でお尻をちらっと見たら、何か裂けているような気がしたんですよね」。

そう言われるまで私本人には自覚症状はなかったのだが、タイト君の指摘にあわてて「そうなんだ・・・よく見てみて!」と返した。その言葉に、こちらの体を横向きにしてお尻の周辺をまじまじとのぞき込んだタイト君は「やっぱり血が少しにじんでいて、床ずれの初めのような感じになっていますね。これ、痛くないですか?」。とっさに「痛くはないんだけど」と応えたものの、たしかに考えてみると、数日前からお尻に若干のおもかゆさを感じていた。ただ、これまでにも車イスに長時間座りつづけていると、同じような状況になったことが何度となくあったので、「日が経てば、また元にもどるだろう」とぐらいにしか思っていなかった。

ところが、今回は季節の節目になっても例年になく暑い日が長引いた中、車イスで出かける頻度が多かった。しかも、今年になって新調した車イス用のクッションが以前のものよりかなり堅かった。そのため、いつの間にかお尻に余計な負担がかかり、床ずれの初期症状になっていたらしい。とはいえ、ケアを受ける身で自分のお尻に目がいくことはほとんどなく、もしタイト君がその時に気づいてくれなかったら、症状が悪化して痛みがひどくなるまで何も処置をしなかった可能性が高い。

皮が破れちゃった

 タイト君は「このままだとお尻の皮が破けてしまうかもしれないから、何か薬を付けたほうがいい気がします」とも言った。そう聞いて私はなおさらあわてて、タイト君に以前に皮膚科からもらっていた炎症を和らげる塗り薬を探してもらった。でもうまく見つからず、タイト君は隣の部屋にいた玲さんにありかを聞きに行った。事情を聞いた玲さんも驚いて私のもとへやって来て、問題の部分をのぞき込んだ瞬間、かん高い声で「これは床ずれだよ。ふだん、ケアしていてもお尻はあんまりよく見る機会がないから、ぜんぜん気づかなかった。タイト君、よく気がついたね!」。

そう、長いこと[ウンチを見合う関係]になっている玲さんでも案外、それまでは私のお尻の状態までチェックする機会も必要性も少なかったのだ。が、その日以来しばらく、玲さんは毎日のようにお尻の状況をチェックするようになった。数日後、仕事で泊まったホテルのベッドで状況をチェックした玲さんが[大変だよ!やっぱりお尻の皮が破けちゃってるよ」。どうやら、やはり車イスに長い時間座り続けたことで床ずれが悪化したようだった。

現場に立ち会って

 帰宅後、すぐに皮膚科に行くと、より効果が強い2種類の塗り薬をもらった。その翌日、ケアに入ったS君にも床ずれの件を話し、お風呂上がりにお尻に薬を塗ってもらうことになった。その際、何の気なしに第一発見者がS君とも面識があるタイト君だと伝えると、「じつはボクもこの前(1週間前)ケアに入った時、ちょっと床ずれっぽくなっていたことに気づいていたんですけど、そういうことを口に出して言うのは何か失礼な気がして言わなかったんです。ごめんなさい」と申し訳なさそうに吐露した。それは多くのケア者が抱く、相手の恥部に接した時の戸惑いだっただろうか。それとも彼自身にかなり重度のアトピーがあり、子どもの頃からずっと肉体的にも精神的にも皮膚のトラブルで右往左往している自身の心情を考えての躊躇だったのだろうか。

どちらにせよ、私のお尻に薬を塗りながらS君は「ここまでひどくなる前に、ちゃんと言ったほうがいいですよね。今度からそうします!」。否応なく私の床ずれの現場に立ち会ってもらったことで、彼とも恥部を共有する関係になれたような気がした。