介護マガジン

ケアの達人日記

Vol.63 使ってみたら、落とし穴

予想外の行列

 先日、4年ほど前に亡くなられた恩師青木彰先生を記念して開かれた「ジャーナリズムとメディアの現状」と題する講義の講師として、助手の玲さんと母校筑波大学へ足を運ぶことになった。その道すがらでのことだった。

久しぶりに訪れる母校界隈の変貌ぶりをゆっくり見てみたいという気持ちが働き、前泊することにした。そして筑波に向かう当日は25年以上前の私の学生時代には影も形もなかったつくばエクスプレスに始発の秋葉原駅から乗ることに。時間は夕方のラッシュが始まりかけた6時ちょっと過ぎだった。

エクスプレスは初めての利用ゆえ、エレベーターの場所など勝手がよく分からなかったので、途中の高田馬場駅の駅員にお願いし、秋葉原でエクスプレスのスタッフに誘導してもらえるように連絡を取ってもらった。その甲斐あって、秋葉原でJRの改札口を出ると、エクスプレスのスタッフが片手を上げて「こちらです」と出迎えてくれた。スタッフはすぐに斜め向かいを指差して、「あちらがエレベーターです」と言った。そう、以外にもエレベーターはJRの改札口の間近にあったのだ。瞬間、「けっこう便利だなぁ」と思いきや、スタッフが指差した方向に視線をやると、何十人もの人が列をなしてエレベーターの前で順番待ちをしていた。私たちもスタッフと共にその最後尾に並んだのだが、あまりの長い列に玲さんが「ずいぶん、たくさん並んでいるんだね。これは、機器展の時の行列と同じぐらいだよ」と驚いた。その言葉に、私の脳裏にも玲さんが指摘したその場の光景と思いがフラッシュバックした。

車イスパニック

 機器展とは、毎年秋にお台場のビッグサイトで開かれている国際福祉機器展のこと。そこには障害があっても高齢になっても自分らしく、いきいきと暮らしていくための製品と情報が集まり、当然、さまざまな障害をもつ車イス利用者も一時に多数来場する。ビッグサイトには所々にいくつかのエレベーターがあるものの、そうなると“車イスパニック”が起きて、なかなか中に乗り込めないのが常である。同じように車イス用トイレや最寄り駅のエレベーター前にも長い列ができて、待っているだけでイライラしたり、トイレを我慢して冷や汗ものになってしまう。

数年前、私が訪れた折りには会場のエレベーターに乗り込むだけで、なんと30分前後待たなければならないことがあった。そうした状況では帰路につく際、行きと同様に最寄り駅から電車に乗り込もうとすれば、またまたエレベーターの前で“車イスパニック”に巻き込まれてかなりの時間、待たなければならないことが目に見えた。そこで会場近くの桟橋から都心へ向かう水上バスが出ていることを思い出し、それに乗って日の出桟橋まで行き、連絡している浜松町の駅から山手線に乗り換えようと考えた。

社会貢献しても・・・

 こちらの思惑通り、水上バスの桟橋駅には私以外に車イス利用者の姿はなく、エレベーターの前で待たされることもなかった。そして船上からのウォーターフロントの景色を楽しみながら、30分前後で日の出桟橋に着いた。ところがそこから標識に従って浜松町の駅へ向かうと、改札口の前に数十段の階段が立ちはだかり、車イスでは上がれなかった。玲さんが一人で階段を上がり、改札口の駅員に尋ねると、エスカルと呼ばれる車イス利用者のための昇降機は駅の反対側の出入り口にしかなく、それ以外はエレベーターの類は設置されていないとのこと。仕方なく、エスカルを目指して駅の反対側に向かうと、15分以上は余計な時間がかかった。

一方で私が車イスで上がれなかった改札口は大手電機メーカーの社屋と通じていて、機器展にはそのグループ企業のエレベーター会社が大きなブースを出していた。それを思い出してつい、企業の社会貢献の一環としても自社製品の実物宣伝としても問題の改札口付近に「エレベーターを設置すればいいのになぁ」と考えた。それを玲さんに言うと、「その通りだよ!第一、あそこにエレベーターがなかったら、車イスを使っている社員は困っちゃうよね」。その言葉にこちらもハッとして、思わず「そうか・・・」とうなずいた。大手メーカーゆえ、法律で定められた一定割合で障害のある人たちを雇用しなければならないのだが、社屋につづく改札口付近にエレベーターがないということは車イス利用者は電車通勤ができないことになってしまう。それとも法定の障害者枠でも車イスを使わずに、自力で階段を上り下りできる人しか雇用しないということだろうか。玲さんとの会話で勢い、そこまで思いをめぐらせた。その日から少なからず時が経ち、大手メーカーやJRがそれに応えるかたちで、今は改札口付近にエレベーターが設置されていればいいのだがー。

ギューギュー詰めにされて

 さて、話は秋葉原駅で目の当たりにした長い列の一件に戻って。玲さんが言った通り、それはたしかに機器展での“車イスパニック”による混雑に匹敵していた。でも反面、車イス利用者ではない人たちが駅のエレベーター前でそれほど長い列をつくっている光景を見たのはこの時が初めてだった。その点に驚いた私も玲さんに「ホントに予想外の行列だね」と苦笑いすると、傍らでこちらの会話を聞いていたスタッフが「申し訳ありません。ここにしかホームへ行くエレベーターがないもので……」と頭を下げた。

 実際、一回につきエレベーターに乗れる人数は20人前後で、こちらに順番がまわってくるまでは10分以上も待たなければならなかった。くわえて、やっとのことで乗り込んだエレベーターの中はギューギュー詰めだった。かなりの息苦しさに玲さんと顔を見合わせて、思わず「こんなに(利用者が)多いんだったら、もっとエレベーターの数を増やせば良かったのにね」とため息。と同時に、例外なくギューギュー詰めにされている周りの人たちを見渡しながら「エスカレーターもあるだろうに、車イスでもないのにどうしてみんなここまでの思いをしてエレベーターばかりに乗るんだろう?」という疑問が湧いた。

足がガクガク鳴って

 その翌日、講演前の空き時間に懐かしいキャンパスの中を散策していると、偶然にも学生時代の1年後輩のハマ君と10年ほどぶりに再会した。お互いに「切っても切れない腐れ縁だね!」と歓喜して、夕方過ぎからエクスプレスのつくば駅近くの居酒屋で再会を祝うことになった。私たちが学生の頃には一面野原だった駅周辺に近代的なビルが建ち並ぶ光景に、ハマ君が「ずいぶん変わったでしょ!?」と声を高くした。私も「ホントにそうだね」と相づちした後、その流れで秋葉原駅での一悶着の件を持ち出して、ハマ君に「あそこはいつも混んでいるの?」と尋ねてみた。

今は教官として母校の教壇に立っている彼は筑波と東京の間を行き来する機会が多く、そのたびにエクスプレスを利用し、秋葉原駅で乗り下りしている。それだけにエレベーターの混雑事情も周知していて、「そうなんですよ。あそこのエレベーターの前にはいつもいつも長い行列ができてしまうんです。もちろんエスカレーターもあるんですけど、ホーム部分が地下の深いところに造られているために4回も(エスカレーターを)乗り換えなくてはならなくて、それだけで足がガクガク鳴って疲れてしまうんですよね。だから、みんなついつい(1基しかない)エレベーターに乗りたくなっちゃうんだと思いますよ。だって僕もそうだもの(笑)」。

ハマ君の話に長い列の原因を知って、玲さんと二人して「そうなんだ! ちょっとでも重たい荷物を持っていれば、なおさらだね」とうなずきつつ、「もう少し細かい配慮があれば良かったのに・・・」と思った。

残念ながら

 私とハマ君が大学に通っていた当時、筑波は都心への交通手段がない【陸の孤島】と呼ばれていた。それを解消しようと第2常磐線として30年近く前に構想されたつくばエクスプレスは、首都圏新都として2005年の8月に開通した。開通当初からのマスコミ報道によると、最新の技術を駆使して高速でかつ乗り心地がいい交通機関だというのがもっぱらの評判である。事実、各種アンケートでの評判も良く、最短で秋葉原と筑波の間を45分ほどでむすぶエクスプレスの乗客数は予想を大きく上回っているという。

そうなれば当然、車イス利用者にも優しいはずと期待をふくらませていた。ところが実際に使ってみると、起点駅の秋葉原でのエレベーターとエスカレーターをめぐる混雑事情が意外な落とし穴になっていたのだ。しかもそれが車イス利用者のみならず、多くの人たちにとってもかなりの由々しき問題になっている現実がある。そこには構造的な不備があるものの、長い歳月と巨額な費用をかけて駅全体がすでに形として完成してしまっている以上、それが今すぐに改善されることは期待できない。残念ながらとりあえず当面、私がまた車イスで秋葉原からエクスプレスを利用する際にはあらかじめエレベーター前での待ち時間とそれに乗り込んだ際のギューギュー詰めを覚悟しておくほかないらしい。