介護マガジン
ケアの達人日記
Vol.64 食せば、わかること?
2007年の世相を表す一字として『偽』が選ばれたように、ここ1年あまり、企業の食品表示に関する偽装事件が後を絶たなかった。そのニュースを見聞きしているうちに、もう四半世紀以上前に家族内で起きたウイスキーの偽装事件を思い出した。
実家で両親と同居していた当時、父が友人からの海外旅行のお土産でスコッチウイスキーの最高峰といわれるオールドパーをもらってきた。私自身、以前からその評判と値段の高さは聞いていたものの、実際に口にするのはこの時が初めてだった。それだけにおのずと胸が躍り、ストローで一口飲み込んだ瞬間、「アー、やっぱりこれまで飲んできたウイスキーとはぜんぜんレベルが違う美味しさだね!」と歓声を上げた。それにつられるように、父も「ウン・・・味がまろやかで、しかもコクがあって本物を呑んでいるっていう感じだなぁ」とうなった。以来、クリスマスやお正月、私の誕生日などには少し贅沢をしてオールドパーを呑むようになり、そのたびに父子そろって同様な賛辞を声高らかにくり返していた。
ある日、それを聞いていた母が突然、「アンタたち、父子二人してバカだね!これはオールドパーじゃなくて、ただのオールドだよ」と吹き出した。聞けば、母は私たちが毎回、ほろ酔い気分でしつこくオールドパーを絶賛する様子に「ホントに味が分かっているのかしら?」と思い、いたずら心を働かせたとのこと。つまり、空になったオールドパーの瓶の中にサントリー製のオールドを入れて、それをオールドパーだと偽って私たちの前に出したのだ。まんまとそのいたずらにハマり、父と顔を見合わせて「たしかにオールドパーの味がしたんだけどなぁ・・・」と照れ笑いしたが、母には「一人前の講釈を言っていても、アンタたちの舌は間違いなくクルクルパーだよ!」と一蹴されてしまった。
一方、今でも消費期限や賞味期限が切れたものを「もったいない」と思って食べることがあるが、正直、期限前のものとの味の違いがほとんどわからないことが多い。
先日も夏場にもらった水ようかんが冷蔵庫に2缶残っていることを思い出し、大学生のケア者S君に「一緒に食べようよ」と言った。その言葉に、冷蔵庫を開けたS君はちょっと心配そうに「でも、賞味期限が1カ月以上も切れているんですけど・・・」と返したが、私は自信満々に「缶の水ようかんだし、ずっと冷蔵庫に入っていたから、たぶん大丈夫だよ」。
こちらの根拠のない説得に、S君はしばしの後、自分自身に言い聞かせるように「そうですよね。万が一、害があったとしてもお腹を壊すぐらいだろうし、もったいないから食べちゃいましょう!」。ケアする側、される側双方の合意の上で、賞味期限破りが決定された瞬間だった。そこにはS君が言った通り、万が一の危険を考慮に入れた自己責任の覚悟もあった。それから実際に水ようかんを口にした私は「ぜんぜん変わりなくおいしいね!これなら大丈夫だよ」と豪語し、S君も大きくうなずき、二人してお腹を壊すことはなかった。
とはいうものの、もちろん不特定多数のお客さんを対象に食品を売っている企業が、自分たちの利益のために偽装するのはまぎれもない社会的な犯罪である。その釈明会見を聞いて、一つ思ったことがある。製品に入っているブロイラーを地鶏と偽っていた船場吉兆の責任者は、「最初は地鶏を使っていたが、仕入れ業者が知らないうちにブロイラーに代えていた」と言った。それを受けて、責任を押しつけられた格好になった仕入れ業者側は「うちはもともとブロイラー専門店なので、最初から向こうもそれを承知していたはず」と反論。あまりの見解の違いに首をかしげたが、もし仮に船場吉兆側の言い分を聞き入れて、当初は地鶏を使っていたとしよう。それにしてもである。なぜ船場吉兆側は、途中でブロイラーに代えられていたことに気づけなかったのだろうか?
賞味期限が切れても変わらずにおいしいと思ってしまう私のような素人の舌では、地鶏とブロイラーの味の違いを見分けるのは容易なことではないのかもしれない。が、船場吉兆といえば、世間に知れ渡った老舗中の老舗の料亭。何よりも徹底的に味にこだわり、そこで働くスタッフたちの舌もひときわ研ぎ澄まされているはずである。ならば、地鶏をブロイラーに代えられても、試食をすれば、すぐにその違いに気づけたと思うのだが。それができなかったというのは、長い間、製品を試食しないままで店頭やお客さんの前に出していたのか。それとも試食はしていても、スタッフたちの舌がその違いに気づかないほどに落ちてしまったのか。どちらにしても、老舗料亭の名が泣く落ち度であることは間違いなかろう。もっとも創業者の三女にあたる母親が息子の取締役にささやきで答弁を指示した再度の釈明会見では、一応、会社ぐるみでの偽装の事実を認めてはいたけれど・・・ 。
それに比べて、オールドパーとオールドにすり替えた母のいたずらに気づかなかった私でも、それ以降、毎日のようにいろいろな種類と値段のアルコールを飲み続けてきたおかげでその分野に関してだけはかなり舌が鍛えられたようだ。友人のマーちゃんに誘われ、彼女のボーイフレンドのタカさんと助手の玲さんを交えて、恵比寿で忘年会を開いた時のこと。
1次会は、マーちゃんが私も以前に何度か足を運んだことがあるスリランカレストラン【パレット】にあらかじめ電話で予約を入れておいてくれた。スタッフとして知的な障害のある人たちも働いている【パレット】の味は抜群。くわえてこぢんまりとした店構えながら、トイレには車イスのままゆうゆうと入れるスペースがあるので、いつになく安心してスリランカ産のビール類もゴクゴク呑んだ。勢い、あっという間に3時間近くが過ぎ、タカさんが「この近くに僕がよく知っているレストランバーがあるんで、そこへ行きませんか」と提案。即、2次会の場所が決まり、さっそくそこへ行ってみると、イケメン揃いのスタッフたちがいっせいに「ようこそ、いらっしゃいました!」と出迎えた。イギリスのパブを思わせるような内装と大人の雰囲気に、「ここはおいしいウイスキーが飲めそうだ」と期待をふくらませた。
実際、メニューを見ると、スコッチからバーボンまで名だたるウイスキーの銘柄がズラリと並んでいて、私はIWハーパーの12年ものをシングルの水割りでオーダーした。シングルの水割りで呑んでもひときわ上品な薫りがして、味にまろやかさがあるIWハーパーの12年ものは私の中の【バーボンの王様】である。
ところがその日、テーブルに出されたグラスの中身を一口ストローで吸いこんだ瞬間、「これはIWハーパーの12年ものじゃない!と思った。特有の薫りもまろやかさもなく、ただただ異様に水っぽかったのだ。店内の雰囲気の良さにこれまで通りのおいしさを確信していただけに、その反動は大きく、思わず玲さんの耳元で「このハーパー、水っぽくて何かヘンだよ」とささやいた。それを聞いた玲さんは小さく顔をしかめて、私が言わんとしたことを遮ろうとしたが、こちらの様子に向かい側の席に座ったタカさんが「松兼さん、どうかしました?」。1次会での酔いも手伝って、その問いかけに今度は声をかなり高くして同じ内容をくり返したものの、初対面でまだ私の言語障害に慣れていなかったタカさんは、玲さんに向かって何ですって?」と聞き返してきた。すると、玲さんはためらいがちに私が言った内容を小さく反復した後で、「きっと1次会で酔い過ぎて、味がわからなくっちゃってるのよ」と笑った。
それは、顔なじみのバーに案内したタカさんのメンツを壊さないようにその場を丸く収めようとした、玲さんの配慮だった。でも、自分のバーボンに関する舌を疑われたような気がした私は思わずカッとなって、「酔ったせいじゃないよ!ボトルのアルコールが抜けているか、水をたくさん入れすぎてるからこんなに薄いんだよ」とツバキをまき散らしながら言った。その剣幕に、タカさんは「ごめんなさいね・・・そんなに薄いんですか? 僕にもひと口、呑ませてください」。
そう言って、私のハーパーをタカさんは「これは松兼さんの言う通りに、水割りにしてもあまりに薄すぎるよね」。そしてスタッフに事情を話して、別のグラスに代えてもらえるように頼んでくれた。おかげで期待していた味に近いハーパーを呑めるようになったが、あとから玲さんに「その場の雰囲気を考えてから、ものを言ってよね」と注意されてしまった。
曰く、「自分は勢いで言っていたかもしれないけど、タカさんはもちろん、一緒にいたマーちゃんの気持ちを考えると、(玲さんが私の言語障害まじりの言葉を)“通訳”するのがとても嫌だった」。その言葉に不意を突かれ、「なるほど、一理あるなぁ」と自身のKY(空気が読めない)を反省した。
言語障害に臆せずに、人前でも言いたいことや思ったことをきちんと伝える。それは私の昔からの信条だが、そこには玲さんのように、私の言葉に慣れていない人へ向かって“通訳”する同行者の手助けが必要になる。すなわち、こちらがあまりにKYの発言をすると、同行者も自分の意に反してそれを反復しなければならず、嫌な思いをしてしまうということ。「食べ物の恨みは恐い」というが、思い出してみると、私のKY発言もハーパーの一件のごとく、飲食に関わるクレームで飛び出すことが多いらしい。それだけに、クレームをちゃんと言いたい気持ちと同行者への配慮とのさじ加減がなかなか難しそうだ。
