介護マガジン

ケアの達人日記

Vol.67 かりんちゃんを迎えて

逃げられない恐怖

友人のマナさんが勤めている編集プロダクションで4つ子兄姉の仔猫が生まれ、里親を募集した。マナさんを通じてそれを知った助手の玲さんが「ウチで飼ってもいい?」と打診してきた。以前からペットを飼って家族を増やしたがっていた玲さんは「猫は毎日の散歩がいらなくて、狭い室内だけでも飼えるから、犬よりはだいぶ楽だよ」と言っていた。とはいえ、最初は「いいよ」とは即答できず、「ウーン、そうだなぁ……」とためらった。というのも、私は昔から犬や猫が近づくだけで怖くて、思わず首をすくめてしまう癖があったからだ。子供のころ、車いすで犬に顔をひっかかれて以来、動物に襲われても【逃げられない恐怖】が潜在意識に組み込まれてしまったのが原因らしい。

タマに抱かれてから

ただ、ここ最近、玲さんやマナさんを筆頭に猫好きの友人たちにその愛らしさを説かれ実際に猫がいる風景をこの目で見たり、恐々ではあるが、自分自身の膝に抱く機会が増えてきた。そうしているうちに、少しずつ【逃げられない恐怖】も和らいでいく気がしていた。たとえば3年前にはマナさんの実家の愛猫、タマに触れた。タマは人間でいえば百歳前後のおばあさんで、最期の時を迎えようとしていた。そんなタマのために帰省していたマナさんと最寄り駅で待ち合わせ、一緒に病院で点滴中だったタマをお出迎え。実家に着いてケージを開けると、タマは足もとを一歩ずつ確かめるように外に出てきて、えさを差し出す彼女の方へ向かった。そして食事後には、自力でゆっくり部屋の隅にあるトイレへ。
それを見て、彼女は「昨日よりよく食べるし、身体の動きもいいね。点滴の効果かなぁ」とほほ笑んだ。トイレが済むと、しばしマナさんの腕に抱かれたタマ。背中を撫でられて気持ちよさそうなその顔を眺めていると、マナさんが「功さんも抱いてみます?」と言って、私の膝にタマを置いた。いつもなら悲鳴を上げて拒絶するところだったが、この時は私も少しだけ震える右手で背中を撫でた。すると、逆にタマに抱かれているような暖かさに包まれた。

優しい力に操られて

タマに抱かれたその暖かさを思い出すと、「多少痛い思いをしても、仔猫をウチで飼ってもいいかなぁ……」と思うようにもなっていた。その気持ちに拍車をかけたのは、マナさんがネットの映像で送ってくれた4つ子兄姉の誕生シーンと、生後1ヵ月半の時の編集プロダクションでの初対面だった。マナさんの片手ほどの大きさで生まれた4つ子兄姉を初めてネットの映像で見た時、思わず玲さんと顔を見合わせて「ホントにカワイイね」と歓声。その声に、玲さんも「そうでしょ! だったら、やっぱりウチで飼おうよ」と勢い込んだ。そして編集プロダクションで4つ子兄姉と初対面すると、玲さんがいちばん静かに寝ていたメスの黒猫を私の膝に乗せて「おとなしそうだから、この子がいいなぁ」と言った。ほんのり伝わってく仔猫のぬくもりに、タマの時と同じように優しい力に操られるようにニッコリうなずく私がいた。
その時点ではまだ4つ子兄姉の正式な名前は決まっておらず、帰宅後にあれこれ思案をめぐらせた。その中でふいに浮かんだのが、近々に観ていたテレビドラマで愛らしい女の子役が名乗っていた「かりんちゃん」だった。それは言語障害がある私でも呼びやすい響きで、玲さんも「可愛らしい感じがするし、色もかりんとうみたいだから、とってもいいね」と大賛成した。自分たちで名前を決めると、親元での授乳やトイレなど、ひと通り猫社会のルールを覚えた後でかりんちゃんがわが家の一員になる日がなおさら待ち遠しくなった。そんな思いを抱いて玲さんと車イスでペットショップに出かけ、ワクワクしながらかりんちゃんとの生活を始めるための品を選んでいる自分の存在が「あんなに猫や犬を怖がっていたのに……」とちょっと不思議にも思えた。

頼もしい味方

一方で、かりんちゃんがわが家に来る直前まで胸の片隅にはかすかな不安もくすぶっていた。現実問題として、かりんちゃんとの生活が始まっても私の手では彼女の世話もしつけもできない。他方、ケア者と相対している時間は、玲さんは出かけることが多いので、かりんちゃんとケア者と私だけの空間が生まれることになる。そうなった場合、ケア者たちに余計な負担をかけたり、実際のケア場面での邪魔にならないかという心配がまずあった。またケア者の中にはつい最近までの私がそうであったように、生理的に猫を受けつけない人がいないとも限らない。そこでかりんちゃんがわが家に来る前に、10数人ほどのケア者全員に「今度、ウチで猫を飼うことになったんですけど、猫は好きですか?」と尋ねてみた。すると、「どちらかというと苦手ですね」と応えた大学生のT君一人を除いては、幸いにもおおむね猫好きの人たちばかりだった。とりわけケアの日数も時間数もいちばん多い女性ヘルパーのEさんは「それは楽しみですね! 私も子どもの頃から猫が大好きで、いつか飼ってみたいと思っていたんです。そのための本も読んだんですけど、住んでいる団地がペット禁止で残念なんですよ」といって笑った。
そう聞いた瞬間、かりんちゃんとの生活に頼もしい味方が現れた気がして「それ(Eさんが猫好きで)はホントに良かったです」と笑い返した。身近でサポートしてくれる人と共通の趣味、趣向を持てれば、人間関係もより深まっていくはず。だから、かりんちゃんの登場でEさんとの会話が弾み、ケアを受けている時間そのものが和むような予感がしたのだ。

大運動会

かりんちゃんそして先日、生後3ヵ月になったかりんちゃんがいよいよわが家にやってきた。マナさんの編集プロダクションで初めて対面した時と比べ、少しふっくらとしたかりんちゃんはすっかりおてんばになっていた。狩りの本能が騒ぎ出すらしく、朝と夕方の2回、たいていひと続きになっている私の仕事部屋とリビングの間で大運動会を繰り広げる。ものすごい勢いで駆け回ったり、カーテンに飛びかかったり、キッチンから取り出してきた私のストローを自分で投げては追いかけたりと、編集プロダクションで初対面した時のおとなしさなどウソのようである。無抵抗の私には意識的に攻撃してくることはないのだが、大運動会の勢いあまってこちらの体にぶつかられたり、爪を立てられる。そのたびに、思わず首をすくめて「かりんちゃん、痛いよ!」と叫び声を上げる。大運動会の後を追いかけて、かりんちゃんを落ち着かせようとする玲さんがそんな叫び声を上げる頻度は当然、私よりずっと多い。でも、そこにはお客さんとして一時的に遊ぶのではなく、家族の一員としてかりんちゃんと共に生活していく実感があった。

猫をかぶる

反面、初対面のケア者と私だけの時間中にいきなり大運動会を繰り広げられても「ちょっと困るね」という話になった。もともと猫が苦手なT君がケアに入る日は、玲さんが外出中でもかりんちゃんを6畳ほどの玲さんの部屋に入れておこうと思っていたが、かりんちゃんとの対面を楽しみにしていたEさんが来る日も、最初はとりあえず邪魔にならないように同じく“隔離作戦”を取った。
Eさんが来る20分ほど前に、玲さんがかりんちゃんを自分の部屋に入れて出かけた。その直後からかりんちゃんは、玲さんを呼ぶように「ミャー、ミャー」と鳴き続けた。疲れたのか、鳴き声が止んだ頃、ちょうどEさんが家の中に入ってくると、その気配にかりんちゃんはまた呼びかけを再開。それを聞いたEさんは開口一番、「猫ちゃん、来たんですね」とほほ笑んだ。すぐさま私も笑って「ええ、“かりんちゃん”っていうんですよ」と返すと、Eさんは「可愛らしい名前ですね、松兼さんが付けたんですか?」。彼女の声は嬉しそうでかりんちゃんに「会いたい」というトーンだったが、火を使う食事の準備が終わるまでは“隔離作戦”を続けることにした。それを察したかのように、かりんちゃんはEさんが台所に行くと静かになり、準備を終えて食卓に着こうとすると、ふたたび鳴き始めた。 「やっぱり独り(一匹)だと淋しいんでしょうね……」と言ったEさんに、私はすかさず「もし良かったら、こっちへ連れてきてもらってもいいですか?」と誘い水を向けた。Eさんは一瞬「玲さんの部屋に入っちゃっても大丈夫ですか」とためらったが、事前に玲さんも「もしEさんが良ければ、部屋を開けてかりんちゃんを外に出してあげて」と言っていた。
それを伝え、Eさんに玲さんの部屋のドアを開けてもらうと、かりんちゃんは彼女の足もとにまとわりつくように食卓が用意された仕事部屋にやって来た。いつもならそこで部屋中を駆け回ったり、食卓の上にちょっかいを出すのが常なのだが、初対面のEさんの前では彼女の横にちょこんと座り、こちらの食事風景をしゃがみこんでじっと見つめていたかりんちゃん。そんな姿を愛しそうに眺めて、「ずいぶんおとなしいんですね」とほほ笑んだEさんに「いやっー、今日はEさんが初めてだから猫をかぶっているんですよ」とおどけると、二人して大爆笑になった。

楽しい“猫生”を

楽しい“猫生”を食事が終わり、Eさんが仕事部屋と台所を行き来して後片づけを始めると、かりんちゃんはその後を追いかけた。すると、Eさんがしばし後片づけする手を止めて、「やっぱり、 いいですね」とまたほほ笑んだ。私の気持ちも言い表していたその言葉の間には、間違いなくかりんちゃんの存在があった。私自身の生活がそうであるように、かりんちゃんにもこれからわが家に来るたくさんの人たちと関わり合って楽しい“猫生”を送ってほしいと思っている。そんな願いを知ってか知らずか、Eさんとの初対面を終えた夜、布団で休んでいた私のお腹の上に乗って、かりんちゃんもいつしかスヤスヤ添い寝していた。