介護マガジン
ケアの達人日記
Vol.68 「連れて行きたい店」に行った夜
助手の玲さんが、友人に誘われてJR新大久保駅近くにあるスペインレストランに行った。上機嫌で帰宅した彼女は開口一番、「階段しかない地下のお店なんだけど、味もおいしいし、途中でフラメンコのステージがあってものすごく迫力あるから、一度功さんも連れて行きたいなぁ!」。インターネットなどを通じて、日頃から車イスでも入りやすい店の情報を集めている玲さんが、エレベーターもない地下の店に私を連れて行きたいと言い出すのは珍しいこと。実際、私自身もいつの間にかそうしたバリアフリー情報に重きを置いて、行動するようになっていた。一方、玲さんが地下にある店へ私を「連れて行きたい」と言いだしたのは、バリアフリーに関する情報を度外視した彼女自身の感性によるものだった。つまり、そこにあったのは他の店ではなく、玲さんが堪能した「その店がいい」という気持ち。それだけ、そのスペインレストランが魅力的なんだと直感して、私も「それはぜひぜひ行ってみたいよ!」と勢い込んだ。
そういえば去年の秋、新宿の歌舞伎町でアーティストのBONちゃんと待ち合わせて飲んだ夜も、期せずして細い階段しかない地下の店に入ることになった。歩きながら適当な店を探していると、BONちゃんがやおら後ろを振り返って「そうだ…あそこの角のラーメン屋が美味しくて、酒の種類もいっぱいあるから、そこへ行こうか」。
その言葉に最初、そこはてっきり階段のない1階の店とばかり思った。ところが年季が入った雑居ビルの前に立つと、BONちゃんは「ここの地下だから、ちょっと俺、(手伝ってくれる)店の人を呼んでくるね」と階段を駆け下りていった。私たち二人だけなら、数ある店の中であえて厄介なバリアがあるその店へ入ろうとはしなかっただろうが、BONちゃんは瞬間的に「そこがいい」と思い立ち、車イスの私とともにその店に入るために「どうすればいいか」を考え、即、行動に移したのだろう。そこにも情報によるものではない、BONちゃんの感性と思考の瞬発力が働いていた。その勢いは力強く、新鮮でもあった。だからだろう。BONちゃんが顔なじみの店長を連れて地上に戻ってくると、私たちも笑顔で「ありがとう」と声を弾ませた。「いいえ、どういたしまして」と返した店長はBONちゃんに向かって、「ボクが背中の方を持つから、BONちゃんは足の方を持って先に下りて」と言った。私が「ずいぶん(介助の仕方が)慣れていますね」というと、店長は「時々、車イスのお客さんも来るもので、そのたびに見よう見まねでお手伝いしているうちに、少しは慣れたみたいですね」と笑った。そう聞いて一瞬、「もしかしたらBONちゃんもそれを知っていて、この店にしたのかなぁ」と思いきや、当の本人は「あっ、そうだったんだ! それはラッキーだったね」。あっけらんかんとした彼のもの言いも感性に生きるBONちゃんらしくて、その場にいることがいっそう愉快になった。
さて先日、冒頭の新大久保駅近くのスペインレストランへ行く折には、あらかじめ階段の上り下りに助っ人が必要だと考え、玲さんが友人のシカマ3兄姉を誘った。長男のシンさんと2番目のマナさんは仕事の合間をぬって時々、私のケアにも入ってくれているので介助の仕方も心得ているし、肢体不自由児の養護学校で先生をしている末っ子のリツさんとも気心が知れている。何より、3人そろって私と同じく美味しいものに目がなく、即、「みんなで行こう!」ということになった。
スペインレストランに予約を入れた当日、3兄姉とは新大久保駅の改札口を出たところで待ち合わせることにした。シンさんは「2人で途中の駅は大丈夫?」と心配してくれたが、ここ数年の間に最寄りの西武線の駅にも山手線に乗り換える高田馬場駅にもエレベーターが設置されていた。だから、てっきり高田馬場駅の隣り駅の新大久保駅までは3兄姉の助っ人なしでスムーズに行けるとばかり思っていた。が、高田馬場駅から数分の新大久保駅で降りて周りを見渡してもエレベーターはどこにもなかった。2000年の5月に施行された交通バリアフリー法では1日の乗降客数5,000人を超える駅への2010年度までのエレベーター設置を義務づけているものの、罰則規定はないため、各地を見渡すと、駅の構造などの問題で設置が見送られている駅も多い。新大久保駅も、その一つだったらしい。
エレベーターの設置が困難な駅の場合、階段の端に取りつけたレールを使った“エスカル”と呼ばれる運搬リフトが設置されているか、一般利用者用のエスカレーターをいったん止め、車イスごと乗れるように3段分のステップを平行にするのが常である。どちらの場合も、駅員が機械を操作する必要があり、階段近くに車イス利用者が駅員を呼ぶためのインターホンが取り付けられている。新大久保駅にもそれがあったので、玲さんが事務所に連絡した。ところが数分後に階段を駆け上がってきた駅員は「ちょっとお待ちください」と、階段の裏手側の倉庫に走った。駅員がそこから取り出してきたのは、戦車のように物々しいキャタピラがついた階段昇降機。それを見た瞬間、思わず玲さんと顔を見合わせて「そうだったんだ…」と小さく苦笑いした。新大久保駅には“エスカル”も車イス対応のエスカレーターもなく、“チェアメイト”と名付けられたその昇降機を使って階段を降りるしかなかったのだ。駅のバリアフリー化がまだまだ進んでいなかった一昔前まではたびたびお世話になった昇降機なのだが、時間がかかり、かなりの恐怖感を伴う。
車イスごと“チェアメイト”の上に乗ると、車イスがストッパーで固定されると同時に、こちらの体にも安全ベルトがたすき掛けされた。そして駅員が階段の前まで手動で押していき、そこで電源を入れて前輪部分を2,30度ほど宙に浮かせ、キャタピラを使って前向きに階段を一段ずつ降りていったのだが、そのたびにかなり大きな振動がした。久しぶりにそんな“チェアメイト”を使ったためだろうか。「こんなに恐かったっけ?」という思いとともに、体が何度もビクビクした。そうした最中に“チェアメイト”の脇を走って階段を上り下りする人たちもたくさんいて、(万が一に備えて駅員が後ろで“チェアメイト”の押し手を掴んでいたとはいえ)彼らとぶつかって転倒する危険を想像してしまい、その場の恐怖にいっそう拍車がかかった。
気がつくと電車を降りてから15分近くが過ぎていて、階段の途中でシカマ3兄姉との待ち合わせ時間になっていた。でも、“チェアメイト”では急げるわけもなく、とりあえず玲さんが一人で階段を下りて、 改札口の外にいた3兄姉に事情を説明。すると、3兄姉は改札口から身を乗り出して“チェアメイト”で運ばれる私を見つけ、つぎつぎに携帯電話の写真ボタンを押した。それにつられたのか、ちょっと離れた所にいた見知らぬ若い女性もこちらの様子をパシャリ。思わず、その方向へ向かって「モデル料ちょうだい!」といたずらっぽく笑った。
“チェアメイト”での時間ロスで、予約していたスペインレストランにも15分遅れで着いた。地下の店内につづく階段は傾斜が急な上、途中でらせん状に折り曲がっていて、私が下りるには“チェアメイト”以上の危険があった。そんな中、先に玲さんが車イスだけを地下に下ろし、つづいてシンさんとマナさんが私の体を抱きかかえ、最後にリツさんが全員の荷物をもって階段を下りた。何とか無事、地下で車イスに腰を落ち着けた私がみんなに「ありがとう」というと、玲さんが「(介助手が)4人いて、正解だったね」とニッコリ。店内の席に着き、私とシンさんとマナさんはまず、いつものように乾いた喉を潤す生ビールを得オーダーした。が、それを受けた店長は「うちはビールの類は瓶を含めて、いっさい置いてなくて、ワインしかないんですよ」。思わぬ言葉に、私は「スペインビールもないんですか?」と身を乗り出したものの、応えは同じ。驚く私たちの顔に、玲さんは「おかしいなぁ……(3ヵ月ほど前)この前、来た時はたしかにスペインビールを飲んだ記憶があるんだけど」と首をひねった。その様子を見て、マナさんが小声で「もしかしたら、気まぐれでメニューを変えているのかもね」。私自身、あるはずのビールがなかった落胆に、その時点で店に対する不信感を少なからず抱いたのかもしれない。
それでも軽めのワインを頼み、食べ始めたコース料理はどれも家庭的で美味しく、いい気分になっていった。一通りコース料理が出終わった頃、店内が暗くなってお待ちかねのフラメンコのステージが始まった。最初、店長が弾くギターで彼のスペイン人の奥さんと同じくスペイン人の男性スタッフが踊り始めた。それはとても見応えがあったのだが、つぎにステージに上がった小学校の低学年であろう男の子の姿に、「あれ?」といぶかしい気分になった。男の子は店長夫婦の子どもらしく、ステージの前から店長に「これ、運んで」などと命令口調で言われて働いていた。男の子がステージに上がったのは9時半近くで、法的にも子どもを働かせてはいけない時間だった。おまけに男の子の踊りはまだまだ未熟で、人前に出せるようなものではなかった。それなのに、客寄せパンダ的に男の子を踊らせていた店長の横暴さが透けて見えて、しだいに腹が立ってきた。
そのせいで、私はいつのまにかしかめっ面になっていた。それに気づいた玲さんは耳元で「どうかした?」と心配したが、その場の雰囲気を壊してはいけないと思い、「いや、べつに」と返した。そして11時前に店を出て、今度は“チェアメイト”の厄介さと恐怖を嫌ってみんなでエレベーターがある歩いて10数分の西武新宿駅まで行き、そこでシカマ3兄姉と別れた。その後で、玲さんにふたたびしかめっ面の理由を尋ねられ、つい「あんな遅い時間に子どもを踊らせるなんて、あの店、ちょっとおかしいよ」。すると、玲さんも「功さんを連れて行きたくて、せっかくみんなに協力してもらって行ったのに、そんな言い方しないでよ」と怒り出した。お互いにかなり酔っていたせいもあって、それをきっかけにビールの一件をふくめ、売り言葉に買い言葉の言い争いになってしまった。でも家で布団に入り、玲さんが私をその店に連れて行こうと思い立った優しさとその日1日のみんなの協力を思い出すと、自然に「ごめんね」という気になった。翌朝、まっ先にそれを口にすると、玲さんもちょっと照れくさそうに「もう気にしていないから大丈夫だよ」。
