介護マガジン
ケアの達人日記
Vol.70 明暗を分けるネーミング
加齢による二次障害のため、腕や足腰の力が弱くなった数年前から自宅でトイレへ行くにも人の手が必要になった。そうなると、ケア者がいない時間帯はトイレに行きたくなっても我慢するしかなく、一人の時間が長くなるとどうしても失禁してしまうケースが増えた。その事態に備えて、一人になる時は一般に“リハビリパンツ”と総称されている紙パンツを使い始めた。正直、その当初は自分自身の運動機能の低下を突きつけられているようで、1回ごとに使い捨てる“リハビリパンツ”をはくたびに気が滅入った。
でも、必要に迫られて使っているうちに潜在的な抵抗感はしだいに薄れていった。それは何よりも“リハビリパンツ”をはくことで、日々の生活がより円滑に送れることを実感したからである。たとえば数時間ケア者がいない時間帯でも、“リハビリパンツ”であれば多少の失禁には対応できるし、汚れた“リハビリパンツ”はそのままゴミ箱に捨てれば良い。すると私自身はもちろん助手の玲さんをはじめ、ケアする人たちが不在になる際の(私のトイレに対する)彼ら自身の心配も減り、実際に失禁してしまった時のこちらの気の重さも軽減された。また“リハビリパンツ”の安心感でパソコンに向かっている際にも過剰にトイレの心配をしなくなり、仕事に集中できるようにもなった。つまり“リハビリパンツ”をはくことは運動機能の低下をカバーする私の新しい生活スタイルだったのだ。
そう前向きに考えられるようになると“リハビリパンツ”はいつしか四六時中着用する私の“下着”になった。ところが先日、初めて私のケアに入った女性ケア者のNさんがお風呂上がりの着替えを用意している時のこと。まだ着替えの仕舞い場所をよく知らなかったNさんはその“リハビリパンツ”を指して、私に「“おむつ”はどこですか?」と尋ねた。瞬間、思わずムッとなって「“おむつ”じゃなくて、“リハビリパンツ”です!」と言いたくなった。「おむつ」と言うと、まっ先に赤ちゃんや寝たきりの人を連想するのが常。そこには「何もできない」というイメージが付随し、自分が何もできないと言われた気がして、Nさんの物言いに条件反射的に不快感を覚えたのである。
とはいえ、Nさんにしてみれば、そこまでの他意はみじんもなく、見たままを表して「おむつ」と言ったのだろう。不快感と同時にそんなNさんの胸の内も察しがついたので、その場で「細かいことを言っても仕方がない」と思い直し、“リハビリパンツ”へのこだわりを声にはしなかった。実際、あとからインターネットで調べてみると、“リハビリパンツ”の説明書きにも小さく「パンツ型紙おむつ」と注釈しているメーカーもあった。にもかかわらずそのメーカーを含め“リハビリパンツ”と総称して売り出しているのは、私が抱いたような従来の「おむつ」に対するイメージを払拭し、その商品が必要な人たちにより買ってもらいやすくしようとする企業の戦略である。
メーカーによっては、同種の“リハビリパンツ”を“はつらつパンツ”や“スマイルパンツ”といったネーミングで売り出しているところもある。たしかに、どれも「パンツ型紙おむつ」と商品分類名をそのまま言われるより、前向きな気持ちで使えるような気がする。これから先、さらに運動機能の低下が進んで“リハビリパンツ”より介護性が強い「成人用おむつ」を使うことになっても、やはり“あんしんパンツ”や“ライフケアパンツ”など、明るいイメージがするネーミングの商品に好感をもつと思う。それだけ、言い方ひとつで人の心の明暗を分ける場合があるということだろうか。
そういえば、この4月から75歳以上のお年寄りを対象に始まった後期高齢者医療制度では、制度自体の不備はもとより「後期高齢者」というネーミングの悪さが酷評された。ただでさえそう呼ばれると、少なからず己の終末を意識させられる言葉が「高齢者」ではないか。さらにその前に「後期」がつけられると、「人生の瀬戸際」や「死の間際」をイメージしてしまい、嫌な気分になるのは当然である。あと数年で自らも「後期高齢者」の年齢に達する福田首相もそれに気づいたのか、早々と名称を「長寿医療制度」に変更したほうがいい旨を示した。そのニュースに触れて、私自身が中学生の頃からある言葉に対してもずっと抵抗感を抱いていたことを思い出した。
その言葉とは小学校から高校までの12年間、通い続けた「養護学校」である。小学校の高学年の頃だったと思う。地域の学校にはない「養護」が「どうして自分の学校にはついているんだろうか?」と疑問を抱くようになった。もちろん、漠然とは障害のある子どもたちのための学校であることはわかっていたが、学年を重ねるにつれ、言葉に込められている詳しい意味を知りたくなったのだ。そして中学生になり、初めて辞書で「養護」の意味を調べてみると「弱い立場にある者を危険がないように保護して育てること」とあった。それを見た瞬間、自分が一方的に特別な保護が必要な存在だと決めつけられている気がして、学校の前に「養護」がつくネーミングがどうにも気にくわなくなったのだ。
以来、養護学校を卒業した後も「もっといい別の呼び方はないものか……」と思っていたところ、文部科学省は2001年から障害児教育を総称して特別支援教育と呼ぶようになった。それに伴って、盲学校と聾学校を合わせて養護学校の正式な名称は「特別支援学校」に改められた。それを知った時「養護学校より余計に特別扱いされている感じがするなぁ」とまたまた首をかしげた。「特別支援」を英訳すると、“Special Support”となり、実際に欧米のいくつかの福祉先進国では法律上でもその言葉が使われている。恐らく厚生労働省のお役人たちも“Special Support”を翻訳して「特別支援」にたどり着いたのだろう。
でも、英語の“Special Support”はそれぞれに必要に応じた援助をイメージするのに対して、日本語の「特別支援」は限られた人たちへの画一的な支援を連想してしまう。そこには、社会そのものの質の違いがあるのかも知れない。たとえば“ゆりかごから墓場まで”のイギリスでは、一人ひとりの市民が各々の立場で教育や福祉サービスを当然の権利として享受している。だから赤ちゃんからお年寄りに至るまでさまざまな“Special Support”があり、その意味するものはじつに幅広いと思う。一方、日本では行政が制定した制度として、市民教育や福祉サービスを受動的に利用している印象が強い。そこで「特別支援」というと、どうしてもその意味も対象者も限定される印象になるのだろう。そこに、英語を適切な日本語にする難しさがある気がしてならない。
他方、ここ数年の状況を見ると、各地の自治体や携帯電話会社のパンフレットなどで「障害者」の表記を「障がい者」に変更する動きが相次いでいる。理由は「障害者」の害が「害のある人」を連想させ、差別的になってしまうからだという。でも、私自身は「おむつ」や「養護学校」とは違い、「障害者」の表記自体にはあまり抵抗感を感じていない。それは長い年月の中で、己の障害を生活の一部として受け容れるようになったためだろうか。
ある社会福祉法人のスタッフとそのサポーターが集まっての、親睦会でのこと。20人程度の参加者はいくつかのグループに別れて、飲食しながら歓談していた。その際、サポーターの一人で大学教授をしているYさんがいるグループでは「障がい者」への書き換えの動きが話題になっていた。私と同行していた玲さんは別のグループにいたのだが、Yさんはおもむろに席を立つと私の隣に座り、興奮した口調で「何の害もないのに、松兼さんたちのことを『障害者』と呼ぶなんて、失礼きわまりない!みんなで他の呼び方を考えましょうよ」。突然、そう言われて答えに窮し、玲さんと顔を見合わせて小さく「ウーン」とうなった。かなり酔っていたせいもあって、それでもYさんは執拗に「障害者」の「害」の字に憤慨し、抗議の弁を繰り広げた。その途中で感極まったのか、Yさんの声が涙声に変わった。そして「松兼さんもそう思いますよね!」と、何度も同意を求めてきた。
10年ほど前に亡くなられたYさん自身の娘さんにも精神障害があり、その思い出の中で「障害者」という表現に対する悔しい思いがたくさんあったからかもしれない。それにしてもである。彼の私に対する物言いはあまりに一方的で、聞いているうちにこちらも思わずカッとなって「僕は障害のある自分自身に誇りを持っているので、「障害者」と書かれても呼ばれても構いません」と言い返した。それにつづいて玲さんも「それに、障害は本当に生活していく上での「害」になっていますから……」。障害とともにある当事者の私たちの言い分に、周りにいた社会福祉法人のスタッフたちは笑ってうなずき、Yさんはそれ以上何も言わなくなった。
漢和辞典によると「障害」は“さわり・妨げ”を意味する熟語とされている。事実、手足や言葉の不自由さは私が生活する上での妨げになっている。玲さんが言った「害」はそれを指したものであり、日々、障害のある人たちと接しているスタッフたちもその意図をすぐに理解したのだろう。ただ、私も目前でそうしたように原稿上ではなるべく「障害者」ではなく、「障害のある人」と書くようにしている。そこには、障害があってもその人本人は社会の害でも妨げでもないという思いが働いている。とはいえ字数制限があったり、口頭で言う場合は「障害のある人」は長く、よりスムーズに伝わる表現として「障害者」を使うケースもある。一方で「障害者」を本気で社会の「害」だと考えている人たちがいるとしたら「障がい者」にしてもその意識はそう簡単には変わるまい。
ところで、前出の親睦会から半年ほど経った頃、ほぼ同じメンバーでまた飲食する機会があった。そこでもなぜかふたたび「障がい者」への書き換えの動きが話題になったのだが、Yさんの見解は半年前とはガラリと変わっていた。その日のYさん曰く「政府や自治体などの大きな力によって、一様に「障がい者」へ換えられていく最近の流れは、戦前の言論統制につながるようで、とても危険だと思うなぁ」。彼の意見はもっともで、小さくうなずきながらも「何がYさんの心持ちを短期間にこんなにも変えたんだろう?」と戸惑ってしまった。そう思って玲さんに目配せすると、彼女も大きく目を見開いて「あれ?」という顔をした。いずれにせよ、同じ表現でもそれを使ったり、受けとめる側の心のあり様一つで意味するものが変わってくるのは確からしい。

