介護マガジン

ケアの達人日記

Vol.71 テレビとケアの関係性

おばあちゃんのおかげ

自分一人では思うように外出できない私は、昔からテレビのニュースや報道番組を観て情報源にすることが多かった。キーを押すだけでさまざまな情報が得られるインターネットが普及した最近でも、私がパソコンを鼻打ちするスピードは遅く、体力の消耗もかなりのものになるので、テレビからの情報収集は欠かせない。また、家にいる時間が長い分、スポーツ番組、ドラマのたぐいで楽しむことも多い。要するに、テレビは私の生活必需品なのである。それだけに何はさておき、できるだけいい環境でテレビを観られるようにと、2年前に亡くなった祖母の遺産のお裾分けを元手にさせてもらい、いち早く地上デジタル対応の37インチ薄型テレビを思い切って買った。以来、わが家を訪れるたいていの人が「こんなに大きな画面で迫力ある映像を観られていいなぁ」といった感想を口にする。そのたびに「おばあちゃんのおかげなんですよ」と笑って購入した経緯を説明している。事実、地デジ対応の薄型テレビを導入できたことで私の日常生活の楽しみは確実に増し、天国のおばあちゃんもさぞかし喜んでいるだろうと、我田引水に思い込んでいる(笑)。

月9にハマって

さてケア者が入る時間帯にも、そのテレビで決まった情報系の番組を観ることが多い。たとえば、月曜日の9時からはたいてい折々の政局や世相を題材にして討論バトルを繰り広げるビートたけしさん司会の「TVタックル」を観ている。月曜日の夜にケアに入ることが多い女性ヘルパーのEさんはそれを承知していて、毎回9時少し前になるとこちらが何も言わなくても「TVタックル」を放映するテレビ朝日の「5チャンネルに変えましょうか」と言葉をかけてくれる。そしてケアの時間が終わる10時前になると「チャンネルはこのままでいいですか」と付け加える。それもその後、私が同じテレビ朝日の「報道ステーション」を観ると予想した上での念押しなのである。いずれにせよ、Eさんが決まった曜日に何度もケアに入り、私の生活パターンを把握するようになったゆえの自然な配慮である。
ところが(少し前の話になるが)、今年の1月から3月まではフジテレビ系列で放映された月9ドラマ「薔薇のない花屋」が予想外に面白く「TVタックル」ではなく、毎週のようにチャンネルを8に合わせた。そのストーリーは初めて父親役に挑んだSMAPの香取慎吾さんが演じる主人公が、愛娘の出生の秘密をめぐって周りの人たちと複雑に喜怒哀楽していく人間模様である。番組宣伝でそんなあらすじを見て「ちょっと観てみようかなぁ」と思ったのがきっかけだった。
その当初、Eさんからいつものように「5チャンネルに変えましょうか」と尋ねられ「すみません、今日は8チャンネルにしてください」と照れ笑いで返した。すると、Eさんも嬉しそうに笑って「松兼さん、あのドラマを観ているんですか?」と声を高くした。こちらが「そうなんですよ」とうなずくと「私も番宣を見て、思わず引き込まれて初回から観るようになったんです。今夜も家に帰ってから観ようと思って、ビデオで予約録画してきたんですよ」とまたまた微笑んだEさん。ふだんは控えめで、自分自身のことはあまり口にしない彼女だが、共通のドラマの話題でおのずと心がほぐれたのだろう。

テレビの音で

それからドラマが最終回を迎えるまで、月曜日の9時前にEさんが口にする声かけが「 8チャンネルに変えましょうか」になった。毎週、その時間帯にちょうど1時間ほどの夕食が終わり、Eさんは台所で後片づけを始める。一人部屋に残った私は夕食中にかなりの量の晩酌もしているので、Eさんが帰る10時までに尿瓶で2,3回トイレをする。それも承知しているEさんは台所に立つ前には必ず「何かあったら、呼んでください」と声をかける。そしてEさんが後片づけをしている間、こちらはリビングのテレビに視線をやる。台所からはその画面はチラリチラリとしか見えないものの、音声ははっきり聞こえる。後片づけをしているEさんにも当然聞こえているらしく、ドラマの放映中、トイレを催して「すみません」と声を上げて彼女に部屋に来てもらうたびに「こんな展開になるとは思ってもみませんでしたね」、「これからどうなるんでしょうかね」などと口を開いた。折しもドラマは主人公の愛娘が実の娘ではないことが明らかになり、まさに佳境を迎えようとしていた。

最終回をゆっくり

そして最終回が放映された月曜日。その日もEさんが夕方の6時からケアに入り、夕食の準備を始めた。彼女がこの時間帯からケアに入る場合、入浴は別のケア者の手を借りて5時半までに済ませている。その後、私はまたパソコンに向かって2時間前後仕事をしてから、夕食を食べ始めるのがいつものパターンになっている。でも、当日は9時からの最終回を落ち着いた状況でじっくり観たいと思い、いつものパターンを崩した。
夕食の準備自体は7時ちょっと前には終わっている場合がほとんどなので、その時間に仕事を切り上げ、台所のEさんに声をかけて食事を始めてもらった。すると当然、いつもより1時間ほど早い8時前後には食べ終わり、Eさんは後片づけに取りかかった。最終回が始まる9時までに私はトイレを数回済ませ、あとはテレビを集中して観るだけの状態に。 時間的に考えて、台所の後片づけも終わっているはずだった。でも、時間があまるとキッチン自体の掃除やゴミ捨てなど、ふだんはできない仕事を探してはこなすEさん。最終回が始まった9時を過ぎても、台所で何やら手を動かす音がした。その音に、思わず「Eさんも最終回を楽しみにしているだろうから、一緒に観ればいいのになぁ…」とつぶやいた。まさかそれが聞こえたのか、Eさんは間もなく私がテレビを観ている部屋にやってきて「ゴミ捨ても終わったんですけど、ほかに何かやることはありますか?」そう聞かれて、私は小さく笑って「今日は別にないので、良かったら一緒にテレビを観てください」と返した。その言葉にEさんも「いいんですか」と嬉しそうに笑って、それから最終回が終わるまでの40分あまり、二人して37インチの大画面を見入った。
紆余曲折の末、登場人物すべての心が結ばれるエンディングを見届けると、Eさんは「松兼さんのおかげで、今日はこんなに大きな画面で最終回をゆっくり観られて、ホントに良 かったです!ありがとうございました」と頭を下げた。そこまで丁寧にお礼を言われると、こちらの方が恐縮して「とんでもないです。僕も最終回をゆっくり観たいと思っていたので……」と返す言葉に戸惑った。

相手に合わせる“技”

ちなみに「薔薇のない花屋」の後で放送開始された木村拓哉さん主演の「CHANGE」には興味がわかず、ふたたび「TVタックル」が月曜9時からの定番になった。それをEさんに「今日はまた5チャンネルにしてください」と言って伝えると「やっぱり『CHANGE』はあんまり面白くないですものね。私も最初ちょっとだけ観たんですけど、前みたいにビデオに録ってまで観ようとは思いませんから」と笑った。どうやらEさんもかなりの“テレビ大好き人間”らしい。そう思うと何だかまた嬉しくなった。
私自身、これまでの記述からも察しがつくように、仕事をしているとき以外はこれといって観たい番組がなくても、テレビをつけていることが多い。とりわけ食事中は必ずテレビをつけて、食事介助するケア者と一緒にながら見している。その際、こちらにお目当ての番組がない場合は相手のケア者の趣味嗜好に合わせて、チャンネルを選ぶことも少なくない。スポーツ好きの人ならプロ野球のナイター中継、音楽好きの人なら音楽番組、お笑い好きの人ならバラエティ番組といったように。相手の観たい番組が思い当たらない時には、直接本人に「何チャンネルがいい?」と尋ねることもある。Eさんの例のようにケア者も興味を持てる番組を観ていれば、おのずと会話が弾みやすくなるからである。転じて私はテレビをながら見している頻度が高い分、どんなジャンルの番組の話題にもとりあえず話を合わせられる。それもまた、ケアを受ける身の“技”なのだろうか。

興奮を共有して

一方で私自身がそうであるように、ケアを必要とする障害のある人やお年寄りの中にはテレビを観て情報収集したり、楽しんでいる人が多いはず。そう考えると、その技は時として体位交換や車イス操作といった目に見える介助技術とは別に、ケア者の側にも求められるもう一つのスキルなのかもしれない。
数あるスポーツ番組の中でもサッカー中継に目がない私は、とくに日本代表の国際試合がある日はどんな時間帯であれ、その試合をできるだけ観るようにしている。先日、女性ヘルパーのイヨさんがケアに入った夜もふだんのお気に入り番組を押しのけて、2時間近く一緒にワールドカップのアジア予選を観た。ただ、イヨさんはドラマやバラエティ番組が好きだと聞いていたので、それまではわが家でのケア中にもそのたぐいの番組を観ていた。それだけに「ずっとサッカー中継を観ていて、イヨさんが退屈しないかなぁ……」という心配も少なからずあった。実際、これまでにもサッカー中継に限らず、ケア者とテレビを観ている時にこちらが番組に反応して声援をあげたり、笑ったり「この歌、いいね」など感想をと口にしても、相手はまったくの無反応だったり、退屈そうに視線を泳がせることが何度となくあった。それは趣味嗜好の違いによるものだろうし、基本的には一定の対価を払ってケアを受けている側にテレビを観る主導権はあるのだろう。そうは分かっていても、そんな場面に出くわすたびについつい相手のつまらなそうな態度が気になって、こちらも目前の番組を落ち着いて楽しめなくなるのが常である。
でも、わが家以外にも毎日のように障害のある人たちの在宅ケアをしているイヨさんにはその心配はいらなかった。夕食が終わった頃に予選の試合が始まると、私はソファに座らせてもらってテレビ観戦に本腰を入れた。試合の行方にしばしば大声を上げる私に、台所での後片づけを終えたイヨさんも「どうなりましたか?」と声を弾ませ、ソファの横の床に座ってテレビに視線をやった。すると、ほどなく私以上に大きな声で日本代表を応援しだしたイヨさん。曰く「ふだんはあんまりサッカーの試合は観ないんですけど、やっぱり代表戦は自然に燃えてきますね」。彼女の迫力ある応援とその言葉に気兼ねなくテレビ画面からの興奮を共有できるようになり「きっとイヨさんはケアに入っているそれぞれの家で、同じようにいろいろな番組を一緒に楽しんでいるんだろうなぁ」と思った。