介護マガジン
ケアの達人日記
Vol.73 その日、雨に降られて
傘をあきらめて
新宿で開かれる友人の結婚パーティーに助手の玲さんと参加することになっていた日曜日の朝、目を覚ますと、外はどしゃぶりの雨だった。布団から出て、それに気づいた玲さんは「あら、イヤだーまた雨だよ。私ってホントに“雨女”だなぁ」と苦笑いした。その言葉通り、仕事で遠出する日や前もって予定していた行事などで2人して必ず出かけなければならない時に限って、雨に降られる確率がとても高いのだ。以前、泊まりがけで奈良に行った折も前夜からの東京の雨を連れてきたかのように、私たちが現地に着いたとたん、ぽつぽつと雨が降り出してきた。その勢いは時間とともにしだいに強くなり、ホテルで迎えた翌日の朝にはやはり土砂降りの大雨になっていた。日頃から雨の日の外出に備えて、車イスごと全身をすっぽり覆い隠す専用のカッパを用意しているが、旅行先では車イスの私が旅行カバンを両手で抱える必要があった。そこでカッパを着てしまうと身動きが取れず、旅行カバンが持てなくなるため、とりあえずカッパは着ずに玲さん共々、帽子をかぶり、私の膝の上には大きめのタオルを掛けて、ホテルから歩いて数分の「奈良駅まで行ってしまおう」ということになった。
最初、玲さんは片方の手で傘を差し掛け、もう片方の手で車イスの舵を取ろうとしたものの、突風を伴うあまりの大雨で傘は役割を果たせず、当然のように片手運転もままならなかった。仕方なく、傘をあきらめ、両手で車イスを押して全速力で駅まで走り出した玲さん。とはいえ、駅に着くと2人ともビショビショに濡れていた。とくにじっと座っている状態の私の下半身の濡れ具合がひどく、その冷たさで何度もクシャミが出た。それを目の当たりにした玲さんは「ズボンを着替えないと、風邪引いちゃうかもね」と心配したが、近くに多目的トイレなど、着替えられそうな場所は見当たらず、ずぶ濡れのズボンのままで車内に乗り込まざるを得なかった。
電車で生着替え
ところが不幸中の幸いだったのか、私たちが乗り込んだ車両には他の乗客は1人もいなかった。電車が奈良駅を出発して周りを見回してもその状況は変わらず、玲さんが「ちょっとここで着替えさせてもらっちゃおうか」と小さく笑った。私自身、はやく着替えたかったし、つぎの停車駅まではゆうに10分以上はあった。それだけの時間があれば「間に合う!」と思い、玲さんの提案に「そうさせてもらっちゃおうか」とほほ笑み返した。すると、玲さんは向かい合わせになっているボックス席の間に車イスの前方部分を隠すように突っ込み、旅行カバンからズボンと靴下を取り出し、私にサッと着替えさせた。その間は2分足らずだっただろうか。
おかげで下半身の冷たさが解消され、後日、風邪を引くこともなかった。そこで功を奏したのは周りの状況を見て、瞬時に電車での生着替えを提案した玲さんの判断力と日頃から積み重ねている素早い着替えさせ方だった。それにしてもである。ふだん、私たちが使っている駅間の走行距離が短く、日常的に乗降客が絶えない都心の電車の中では生着替えなど、とうてい考えられない裏技ではないか。それだけにその地域に暮らしている方々には失礼ながら、無事に生着替えを終えた後で玲さんと顔を見合わせて、思わず「奈良の電車で良かったね」と笑ってしまった。
[24時間対応]に救われる
さて、冒頭の結婚パーティー前夜の天気予報でも降水確率は高かったが、旅行カバンのような大きな荷物はなく、身軽な格好で出かける予定だった。そのため、私はカッパを着て、玲さんに傘を差して車イスを片手運転してもらえれば何とかなると高をくくっていた。ところが、朝からの雨の勢いは奈良の時と同じように時間とともに強まるばかりで、時折強風も伴いはじめた。あの日の経験上、そうなると玲さんが差す傘が無用の長物に化し、私がカッパを着ても強風のために吹き込んでくる雨で2人してびしょ濡れになってしまうことが目に見えた。午後になっても天候はいっこうに回復せず、インターネットの天気予報を見ても「これから夕方から夜にかけては雷の恐れもあり」と出ていて、にわかにあわて出した。落雷の危険もある大雨の中で車イスを押すことになる玲さんは、いつになく不安そうな顔で「今日は(介助者が)私1人だとちょっと心配だなぁ…」。そう聞いて、こちらも「たしかにそうだね。西武新宿駅からでもいいから、誰か待ち合わせて会場まで一緒に行ってくれる人がいないかなぁ?」と返すと、玲さんはさっそくパーティーの幹事で、車イスでの外出の事情を周知しているマナさんに電話し、待ち合わせてくれる人を探した。でもあいにくマナさん自身をふくめ、私たちを知っている人はみんなパーティーの準備をしなければならず、時間を合わせて落ち合うことは難しいとの応え。受話器を置いた玲さんは「誰もいなかったら、どうしよう…」と首をひねった。その様子に瞬間「介護タクシーで直接、パーティー会場に行ってしまったほうがいいかも」と思いついた。車イスのまま、車内に乗り込めるリフト付きの介護タクシーなら、自宅マンションの玄関先に迎えに来て、パーティー会場のすくそばまで送り届けてくれるので、雨にもさほど濡れないで済むだろう。そう考えて玲さんに提案すると、即座に「そうだね、それがいいよ!」という声が弾んだ。その勢いのまま、玲さんは今年の春先に福祉事務所から配られた区内で利用可能な介護タクシー会社の一覧を書類ケースから取り出した。そこには40近い会社名がズラリと並び[24時間対応]の注釈がついた会社も3、4社あった。
ただ、数年前までは区内で連絡を取れる介護タクシー会社は数えるほどしかなく、実際に利用する際には少なくとも2、3日前の事前予約が必要だった。そうなると、大雨などの緊急事態での当日利用はほとんどできなかった。それを思い出すにつけ「当日で大丈夫かなぁ」とかすかな心配が胸をかすめた。反面「これだけ会社の数がたくさんになれば、どこか1社ぐらいは大丈夫だろう」という気にもなり、しかも[24時間対応]の会社であれば、その確率が高くなると思った。そこで以前に何度か事前予約で利用したことがある注釈つきのタクシー会社に電話を入れてみると、4時半頃であれば対応できるとのことで、一安心してその時間を待った。
相乗効果と地域格差
予約時間の少し前にマンションの玄関先に出ると、私たちに気づいたドライバーが降りつづく大雨の中を車からサッと降りて「お待ちしていました」と傘を差しかけてくれた。車が走り出し、玲さんが運転席に向かって「いきなり当日にお願いして、すみませんでした」というと、ドライバーは「いやいや、とんでもない。事前の予約で車が一杯になっていない限り、お電話をいただければいつでも伺います」。その言葉の裏に、必要な時にすぐに使えるというタクシー本来の役回りがある気がした。と同時に、ここ数年で東京都区内での介護タクシーの利用者が飛躍的に増えた事情が透けて見えてきた。だからこそ、介護タクシーを運営する会社の数も何倍にも伸び、利用する側の便が高まったという相乗効果も働いているのだろう。とはいえ、ひとたび地方に行けば、介護タクシーをめぐるそこまでの体制はまだまだ整っていないはず。とりわけ、数年前に訪れた玲さんのご両親の本家がある青森県の五能線沿線では一般のタクシーでさえ数が少なく、車イスでの移動にひと苦労した。それを思い出すように、玲さんは「青森じゃ、こんなに急に(介護タクシーを)頼めるなんて考えられないよね」とため息交じりに言った。私も[そうだね」と小さくうなずきながら、介護の世界にも歴然として存在する“地域格差”を思わずにはいられなかった。
ゲリラ豪雨の夜に
一方、今年の夏は短時間の内に雷を伴う局地的な大雨が降る“ゲリラ豪雨”が相次ぎ、全国各地で人命をも脅かす多大な被害が出た。とくに、8月末の1週間近くは毎日のように“ゲリラ豪雨”に関する警報や被害の様子を伝えるニュースがつづいた。そうなると複数の介助者がいたり、介護タクシーを頼んだとしても身の危険を覚え、結果的に自宅から1歩も出られなかった。皮肉にもいったん自然の脅威にさらされれば、普段は都会の便を享受しているはずの“地域格差”もあっという間に吹き飛ばされるということだろうか。
私自身はその時期にどうしても出かけなければならない仕事や所用はなかったが、玲さんは週半ばに友だちとの約束があり、その日、夕方からケアに入った女性ヘルパーのEさんと入れ替わるようにして家を出た。その時点ではまだ雨は降っておらず、晴れ間さえのぞいていたものの、入浴を終えて7時のテレビニュースを付けると、東海から関東地方にかけてのゲリラ豪雨の被害状況が映し出された。さらに「その猛威はこれから東京近郊に及ぶので、充分な警戒が必要です」というアナウンス。折しもわが家の周辺でもあやしい稲妻が光りだし、強風とともに大粒な雨が落ちてきて、一緒にニュースを見ていたEさんが「玲さん、大丈夫でしょうかね?」と心配そうに言った。
ケアを受ける身の“二次災害”
予報通り時間が経つにつれ、いっそう荒れもようの天候になり、今度はこちらが10時過ぎに自転車で自宅に帰ろうとしたEさんのことが心配になり「大丈夫ですか?」と尋ねた。すると「ちょっと雨の勢いかおさまったすきに帰ります」と言って、10分ほど待ってわが家を出たEさん。私はその直前にソファに座らせてもらい、テレビを見ながら玲さんの帰りを待ったのだが、しばらくするとふたたび凄まじい豪雨になり、わが家からほど近い所にものすごい稲光と音の雷が何度も落ちた。そのたびにドキリとし、反射的に手足がビクついた。テレビでは東京近郊での河川の決壊、土砂崩れ、交通マヒの様子がつぎつぎに伝えられ「ホントに玲さん、大丈夫かなぁ…」と心配を強くした。実際、玲さんは予定の時間を過ぎてもなかなか帰宅せず、そこにあった不安を代弁するかのように、わが家の愛猫かりんちゃんが「ミャー、ミャー」と鳴き声を上げて廊下を行ったり来たりした。でもソファに座ったまま、それ以上は身動きが取れない私は玲さんに電話することもできず、両手で膀胱の辺りをおさえて尿意を我慢しつつ、自分自身に問いかけるごとくに、くり返し廊下の愛猫に向かって「かりんちゃん、大丈夫?」と声をかけるしかなかった。とはいえ、そうするだけでも何もしないよりはマシで、少しは気が落ち着いた。
結局、電車のダイヤの乱れで玲さんが帰宅したのは深夜1時半過ぎだった。息を切らせて部屋に入ってきた玲さんは「遅くなってゴメン! 大丈夫だった?」と声を高くした。その頃には私はトイレを我慢しつづけた冷や汗で、玲さんは家にたどり着くまでの大雨で2人して全身ビショビショになっていた。天災でケアする人の足が乱れると即、こちらの生活にも少なからず支障が出てくる。それはまさしく、ケアを必要とする身の“二次災害”なのである。
