介護マガジン

はじめての介護

歳を重ねるということ

歳を重ねるということ

〜これからお伝えするお話の前に〜 メッセージ

国鉄由比駅(旧)から東へ約2キロ。古い2階建て洋館の急な階段を上った南向きの部屋が私の祖母の部屋だ。
よちよち歩きのころから私は、必死にその階段をあがって祖母の部屋を目指したらしい。
祖母の部屋には夢中になるものがたくさんあって、私は祖母のそばにいることが多かった。
蚊帳のはりめぐらされた部屋には、蚊取り線香と麻の涼しげな夏蒲団。端から端までごろごろ転がって遊んだ。初めての鉛筆。書く、読むもこの部屋ではじまった。私は自分の名前を書き、家族の顔を描いた。鏡台には夏祭りの夜店で買ってもらった「ゆりこ」のお化粧セット。おでかけの時には、祖母の真似して柘植の櫛で髪を梳かし、紅をひいた。
祖母が毎晩ゆっくりと読む絵本の中で、私は鳥の翼に乗って空を飛んだ。お姫さまになり倒れている人に一杯のお水を与え、海を越える勇敢な冒険家にもなった。
人生にとって大切なことを、小さな海辺の町の小さな部屋で学んだ。


どんなふうに歳を重ねたいと思いますか?
どんな高齢者になっていたいと思いますか?
好きな人生の先輩はいますか?
おばあちゃんっ子だった頃 3歳
おばあちゃんっ子だった頃 3歳

私は夢中になって祖母と過ごした時間を、最近になってから思い出すことがよくあります。生きてゆくために大切なことの大半をこの時代に祖母から教えてもらったのだと気づいたのは、ずいぶん大人になってからのことです。
幼少時、仲良しだった祖母は高等師範女学校を卒業した後、小学校の教員を務めました。
後に大恋愛にて結婚。夫と娘を病で早く亡くし、長男(父)を医師に導き、杉並区の民生委員として奉仕活動。70歳からは「孫の教育に力を注ぐ」と長男家族の住む由比町に移り住んだ知的な女性でした。いつもニコニコと笑顔の絶えることがなく、子供にも大人にも好かれるおばあちゃんでもありました。

「おばあちゃん、やさしくてだ〜い好き」
でも祖母は腰の痛みのためか、歩くことが大変そう。動作がゆっくりだったり、時々淋しそうだったり・・・父や母など、大人とは何かが違っていました。
私にできることは何もない幼い時代。
子供の頃最も印象に残っていることはどんなことですか?と聞かれたら真っ先に浮かぶのは小学校3年生のある日のこと。大好きだった祖母とのお別れの時間です。私にとって初めての人の最期を知った時間でした。家族全員に囲まれて祖母は最後に大きな息をこっくんと飲み込みました。
「死ぬってどういうこと?おばあちゃんどこに行っちゃうの?」

祖母のいなくなった部屋にはその後何年も
“「仲良きことは美しきかな 」武者小路実篤”
という祖母が大切にしていた画賛が壁にかかっていて、私は繰り返しその文字とかぼちゃの絵(実篤画)を眺め過ごしました。

人は大切なものを伝えて、いつか姿を変えて 輝く星になります。

毎日遊んだ故郷の青い海
毎日遊んだ故郷の青い海

あれから何年もの月日が流れ、変わったこと、変わらないことがあります。 大人になっても私はやっぱり高齢者が好きです。年を重ねるってその人にしかない人生の体験や知恵や想いが表情に、しぐさに、眼差しに現れる。体験がたくさん詰まった人は魅力的です。どんな人生を歩いてきたのかな?人が年を重ねるってどんなことなんだろう。得るもの失うもの、捨てるもの・・・多くの人生に触れるたびに、一人の人生の重みを感じ、人間の深さに驚き感動します。そして、自分はどう生きたいのだろうと問いかけ続けています。私もいつか祖母から受けたやさしい贈り物を育てながら、何かを伝えてゆける人でありたいと願います。皆さんはどんな体験をお持ちでしょうか。おばあちゃんおじいちゃんと過ごした時間は、今、どんな形で残っていますか?

100年前は40代だった平均寿命は、現在男性78歳、女性85歳。
私たちの暮らしは食生活が豊かになり、衛生水準も向上し、さらには医療技術の発達により日本人の平均寿命は世界でもトップとなりました。とても喜ばしいことの反面には、病気や障害を抱えながら長く生きるには工夫が必要な時代になったということです。加齢により身体や精神機能は変化し、低下する機能も出てきます。誰もが介護者になりうるし、介護される可能性も充分にある時代に私たちは生きているということでしょう。

高齢化率は21%と年々上昇し続け、死亡率は100%です。介護はだれにとっても特別なことではありません。眼が悪くなったら眼鏡が必要で、耳が悪くなったら補聴器で補うように。では高齢期の問題を解決しながら生き生きと暮らすためには、そして、その人にしかない強みや良さをいつもでも活かすためには、どうしたらよいのでしょうか。

さて、前置きが長くなりましたが、今私が言いたいのは「歴史ある古いものは大切にしましょう」。
新緑の若葉も、秋紅く染まる紅葉も私達の住む世界を美しく彩ります。人生は始まりがあって終わりがある全体だと、一枚の葉が教えてくれます。
私にたくさんのことを伝えてくれる高齢者の皆さまに心からの感謝と願いを込めて、希望のある人生を元気に楽しむことができますように、暮らしに役立つ情報をお伝えしてゆきます。今必要な方、そうでない方もちょっと気にとめてご自身の引出しに入れておいていただけたらと思います。文字にすると簡単ですが、知っているか知らないかで人生は大きく変化します。
介護も社会化の時代です。一人の苦しみや悩みも、思いやりの気持ちと方法があれば、体験を共有して社会全体で支えることができるのでは、と思います。私がここでお伝えさせていただくことはさまざまな体験者の声を聴き、「よし、こんなものがあったら」と作成したものです。

その街は、病気や障害や年を重ねることに対してやさしい街でありますように。 そして、毎日の暮らしのあたたかな陽光や爽やかな風をいつまでも感じることができますように。 願いをこめて。

2008年 春陽 川上由里子